色彩
■ 29.似ている横顔


『ふふ。僕は何もしていませんよ?ねぇ、二人とも?』
「そうだな。寧ろ何かされた方だろ。」
「そうそう。だからこんなところに居るわけだ。全く困った奴らだよな。お前ら自分でここに来てみろっての。ま、その日のうちに死ぬだろうが。」


『そうだね。帰ったら、全力で黙らせてやる・・・。』
青藍の不穏な呟きに、迅たちは表情を凍らせる。
「あぁ。徹底的に黙らせてやる。」
「弟君の指示で、すでにそっちの準備も進めているぞ。現在色々と調査中だ。」


『ふふ。我が弟は余程お怒りらしい。』
「当然だろ。嘆願書作戦は、仕事のし過ぎで過労死してしまえ、という弟君の嫌がらせだ。」
『えげつないなぁ。』
青藍は楽しげに言う。


「それで自滅してくれれば、こっちも楽なんだがなぁ。」
「だから、毎日大量の書類が「彼ら」の元に運び込まれているってわけだ。少なくとも三年先まで嘆願書に追われるだろうな。それも増えているからもっと長くなるだろうが。」
『それで向こうが疲れて頭の回転が遅くなった時を狙う、と?』
「ご名答。」


『流石だねぇ。帰るのが怖いなぁ。』
「そのまま当主の座を奪われるかもな。」
「そうそう。家臣たちも彼奴の言うことよく聞いてるぞ。まぁ、容赦なく使われているともいうが。」


「そうだな。俺たちだけならまだしも、あの父君まで容赦なくこき使っているからな・・・。」
二人はそう言ってため息を吐く。
『あはは。流石だよ、本当に。僕などよりよっぽど当主に相応しい。』


「笑っている場合か。・・・それでも、当主はお前だぞ。我らが当主はお前一人だ。弟君を動かしているのは、お前だ。彼奴や父君に頭を下げさせることが出来るのはお前だけだ。それを忘れたら、その根性叩き直してやるからな。」
睦月に睨むように言われて、青藍は苦笑する。


『忘れないさ。我が家には当主の器量を持つ者が僕のほかにも居るが、当主はこの僕ただ一人だ。』
「そうか。それが解っているのならいい。こっちが必死で駈けまわってんのに、お前がこんな僻地で腑抜けになっていたら意味がないからな。」


『全く、我が目付は厳しいねぇ。』
「目を離すとすぐ阿呆になるからな、お前。これからだって厳しくいくっての。」
『えぇ・・・。そんなぁ・・・。ちょっとは優しくしてよ。』
青藍はそう言って涙目になりながら睦月を見る。


「そんな顔しても無駄だ。俺には効かない。」
「あざといぞ。まぁ、俺にも効かないがな。」
『・・・ちぇ。詰まらないなぁ。大抵の人はこれで優しくしてくれるのに。父上にだって勝率五割なのに。』


青藍は詰まらなさそうに唇を尖らせる。
・・・確かにあざとい。
その様子を見ていた迅たちは内心でそう呟いた。


「・・・じゃ、俺たちはこれで帰るからな。」
「まぁ、また来ることもあるかもしれないが。」
治療を終えて荷物を纏めると睦月と師走はそれを背負って立ち上がる。


「おい、もう行くのか?」
すぐにでも出発しそうな二人に迅は目を丸くする。
「行きますよ。俺たちが此処に長くいると、その分、こいつの帰りが遅くなるんでね。」
「そうそう。あー、それにしても、また一週間夜通し走るのか・・・。」
師走はため息を吐きながらも準備運動とばかりに屈伸をする。


「ランも止めないんだな。」
『はい。彼らにはやるべきことがあります。僕が此処でやるべきことがあるように。』
青藍は凛とした瞳で二人を見つめる。
しかし、その拳は堅く握られていて、彼は我慢をしているのだと、迅は思う。


本当は彼らと共に帰ることが出来ればと、思っているのだろう。
話を聞く限り、こいつには、大切な者がある。
大切そうに耳飾りに触れるその表情がそれを示している。
だが、それでも、それを抑えて、前を向いているのだ。


迅はそう思って、かつて慕った主を思い出した。
その横顔が、佇まいが、主に似ているのである。
その凛とした強さと、前を見つめるその瞳が。
それから、大切な者を思う時の表情が。


理桜様。
今、俺の隣に居る男は、貴方と同じものを見ているのかもしれません。
この男の目指す先に、貴方と同じ理想があるのかもしれません。
もし、そうだったら。
俺は、この男を、信じてもいいのでしょうか。


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