色彩
■ 16.満月


それから一か月。
青藍は迅を始め、遠征部隊の面々と馴染み始めていた。
完全に警戒を解いて彼らの前で無防備に眠るようなことはないが、それでも、忙しく日々を過ごしている。
睡眠をとらないと命に関わるために、どんな場所でも眠れるようになった。
何かあると眠れなくなる青藍にとっては大きな進歩である。


・・・瀞霊廷に居たことがすでに夢のようだ。
瀞霊廷を出てから一か月半。
五年、かぁ。
・・・長いなぁ。


夜、月を見上げて、青藍は内心で呟きながら耳飾りに触れた。
今、僕と深冬を繋ぐものは、この耳飾りだけなのだ。
今日も、あの子が笑っていますように。
青藍は祈るように月を見る。


『今日は、満月だ。月の宴・・・。』
(青藍。)
呟いた青藍の名を呼ぶ者がある。
霊妃だ。
時折気が向くと青藍の元にやってくる。
距離があるせいか、青藍が問いかけても、いつも答えが返ってくるわけではないのだが。


『なんですか?』
(舞わぬのか?)
問われて青藍は小さく笑う。
『舞いません。』
(何故じゃ?)


『舞えば、体力を消耗しますから。』
(そうか・・・。そうじゃの・・・。)
霊妃は少し寂しげに言う。
(・・・早く、帰って来るのじゃぞ。皆、待っておる。皆が、そなたのために動いておる。)


『はい。だから僕は、此処でやるべきことをします。』
(そうか。・・・人が来る。気をつけろ。ではの、青藍。また来る。)
『はい。また。』


「ラン?」
姿を見せたのは迅である。
『迅さん。眠らないのですか?』
「それはこっちの科白だ。さっさと寝ろ。」


『・・・月が、綺麗だったものですから。』
呆れたように言った迅に青藍は微笑みながらそう返す。
その微笑に釣られたように、迅は月を見上げた。
「満月、だな。」


『はい。・・・こっそりと動くには向かない日です。その刃も僕には届きません。』
全てを見通したように言われて、迅は力を抜く。
「よく気付いたな。」
『慣れているので。』


月に照らされた横顔は、この世のものには見えないほどに、美しい。
誰も寄せ付けず、孤高の、孤独な、男。
この一か月で、迅は青藍がそういう男であると見抜いていた。
普段の天然さは、おそらく殆どが演技である。


思慮深く、物静かで、全てを見通す。
誰よりも残酷で、誰よりも慈悲深い。
何をどう考えても、この男がこんな場所で、俺の隣に居るのは、不似合なのだ。
それが、酷く、俺を不安にさせる。


今まで出来たことが、突然出来なくなるような、そんな不安が、俺を焦らせる。
迅はそう思って、刃を手に取り青藍の元にやって来たのだ。
だが、その姿を見ると、刃を向けることが躊躇われるのだ。
見た目の美しさではない、何かが、この男を殺してはならないと訴える。


『・・・僕の傍に居ると、安心できませんか?』
思っていることを見抜いたように言われて、迅は刃をしまう。
「あぁ。」


『そうですか。では、僕が恐ろしいですか?』
問われて迅は己の不安の正体を自覚した。
俺は、この男が恐ろしいのだ。


「・・・そうだな。四十六室からは、化け物としか聞いていない。だが、あれらがお前を恐れて化け物と言ったのならば、納得できる。お前は、怖いな。底が見えない。」
『ふふ。そうですか。そのようなことを言われるのは、二度目ですねぇ。』
言いながら青藍は、深冬に怯え、咲夜に怯えていた豪紀を思い出す。


『まぁ、暫く僕の傍に居れば慣れるかと。僕にそう言った男は、僕と関わっていく中で僕を恐れなくなりました。いや、恐れなくなったというよりは、感覚が麻痺した、という方が正しいのかもしれませんが。』


「へぇ?化け物ということは否定しないのか?」
『しませんよ。化け物なのは、事実ですから。』
青藍は苦笑する。


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