色彩
■ 10.出発の朝


「・・・はぁ。」
浮竹は、遠征部隊に行くという話をして帰って行った青藍の背を見送って、雨乾堂で一人、溜め息を吐く。


「どうしたの、そんなに深い溜め息吐いちゃって。」
そこへひらりと羽織った着物を翻して、京楽が姿を見せた。
「どうしたも何も・・・。」
わかるだろう、と浮竹は京楽を見る。


「そっか。浮竹の所にも来たんだね。さっき、僕の所にも来たよ。・・・青藍、笑っていた。」
「そうだな。だが、目が少し赤かった。きっと、どこかで泣いたんだろう。それなのに、彼奴の瞳は真っ直ぐで・・・。」


止めることも出来なかった。
青藍の覚悟を揺るがしてしまえば、苦しむのは青藍なのだ。
苦しんで苦しんで、悩んだ末の、あの覚悟なのだから。
浮竹は悔しげに俯く。


「・・・京楽。」
すこし沈黙してから、浮竹は顔を上げる。
「なんだい?」
「俺は、青藍をここに連れ戻すぞ。」
「うん。僕も、そのつもりだよ。」


「どんな手を使っても、彼奴をここに連れ戻す。朽木家当主であろうが、愛し子であろうが、青藍は青藍だ。彼奴の居場所は、此処だ。」
「そうだね。・・・よし。じゃあ、とりあえず、味方を作りに行こうか、浮竹。」
「あぁ。」
二人はそう言って雨乾堂を出て行ったのだった。


それからは、あっという間に時間が過ぎた。
表面上は穏やかに、しかし、水面下では慌ただしく、青藍の出発の準備と、青藍を瀞霊廷に戻すための根回しがされていた。


途中、十五夜や安曇も青藍に顔を見せに来たが、彼等は青藍の選択に何も言わず、ただ、いつも通りに話をして帰っていった。
悲しみも苦しみも見せることなく、ただ、いつも通りに。
その優しさが身に染みて、青藍が泣きそうになったのは言うまでもない。


十五夜はともかく、安曇には叱られる覚悟もしていたのだ。
しかし彼らは、何も問わず、何も言わなかった。
思う所もあるだろうに、行って来いと、笑いながらそう言って帰って行ったのだ。
今回、自分たちが表立って手を出せば、この負の連鎖は断ち切ることが出来ないと、解っているために。


遠征に向かうという青藍の選択が、どのような未来を形作るのかということを隠して、二人は青藍に笑みを向けたのだ。
それしか出来ない己の身の不自由さを恨めしく思いながら。


『・・・朝だ。』
目が覚めた青藍は太陽の光が部屋に差し込んでいるのを見て、小さく呟く。
今日は、出発の朝なのだ。
小さくため息を吐いて、腕の中に居る深冬を抱き寄せる。
昨晩無理をさせたせいか、深冬はぐっすりと眠っているようだった。


この一月、深冬は一度も泣かなかったし、青藍も深冬を泣かせようとは思わなかった。
泣いてしまえば、泣かせてしまえば、離れがたくなることが解っていたから。
何も言わずにただそばに居てくれた深冬に、青藍は微笑む。


『ごめんね、深冬。ありがとう。必ず、戻ってくるから。愛しているよ、深冬。』
青藍はそう言って深冬に口付ける。
一度強く抱きしめてから、深冬を起こさないように布団を抜け出した。


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