■ 8.罪なお方
『・・・はぁ。』
青藍は思わず深いため息を零した。
「否定されないのですか?」
『否定しなければ解りませんか?』
嘲るように言った住之江に、青藍は冷たく返す。
「それは、言葉に出して否定できないと言っているようにも聞こえますが。」
『ということは、貴方は本気で私と睦月の関係がそのようなものであると考えているとみてよろしいのですね?』
「否定のお言葉がないのでは、そう考えるしかないと思いますが。」
『そうでしょうか。私は否定するだけ無駄だと考えているだけです。貴方はその噂を心の底から信じておられる。私が否定の言葉を口にしたところで、貴方が納得するとも思えませんが。貴方が欲しいのは睦月。ひいてはこの私です。昔からこの私が欲しくて仕方がありませんものねぇ。』
青藍はそう言って微笑む。
『この、母に似た顔に触れたいですか?この私を、貴方のものにしたい?攫って、閉じ込めて、眺めていたいですか?この私を泣かせたい?私の歪む顔が見たい?』
言いながら青藍は住之江に近付いていく。
近付いてくる青藍に、住之江はごくりと唾を呑み込んだ。
『この私を穢して、跪かせたいですか?』
誘うように言いながら、青藍は尚も近づいていく。
そして、住之江の目の前に来ると、手を伸ばせば触れそうになるほど近く顔を寄せて、微笑む。
『試して、みましょうか・・・?』
「・・・!!」
そう妖艶に言った青藍に、住之江は思わず手を伸ばす。
何かに誘われたように、その手が青藍の頬を目指した。
その手が青藍に触れそうになった瞬間、睦月がその手を掴んで止める。
「・・・私の主に、簡単に触れられると思いませんよう。この方は、朽木家当主、朽木青藍様にございます。主の許可なしに触れることは朽木家が許しません。」
そう言われて、住之江は目が覚めたようにはっとして、その手を振りほどいた。
「な、何を・・・。」
「青藍様も青藍様にございます。わざわざそのように誘うようなことをおっしゃらないで頂けますか。その誘いに、どれだけの者が誘惑されると思っておられるのです。」
『少し、苛めてみようかと。』
青藍は言いながら住之江から距離を取る。
『欲しいものが目の前にあるのに、触れることすら出来ないとは、残酷だろう?』
「それは悪趣味というのですよ、青藍様。ほどほどになさいませ。」
悪魔の微笑みを浮かべる青藍に、睦月は呆れたように言う。
『しかし、今のでよく解った。住之江殿は本当に私が欲しいらしい。』
「今さら確認する必要がありましたか?この私が調べ上げているというのに。」
睦月はそう言って青藍を睨みつける。
『どういう理由で私を欲しいと思ったのか、ということを確認したのだよ。私を攫い、自らの家のために利用する、という可能性もあったからね。』
「どちらでも同じことでしょう。青藍様を害し、朽木家を害そうというのですから。」
「・・・ふ・・・はは・・・ははは!」
二人の会話を俯きながら聞いていた住之江は、突然笑い声をあげる。
「はは・・・。睦月は、そんなに青藍様が大切なのかい?誰にも触れさせたくないほどに?青藍様のお相手は、それほどに甘美なものなのかな。まるで、恋い焦がれる娼婦のようだね。青藍様も、罪なお方だ。」
「「「「「・・・ふ・・・く・・・・ふふ・・・。」」」」」
住之江の言葉に、見ていた五人は吹き出しそうになりながら体を震わせた。
「・・・青藍様、私は、あの五人を、眠らせても、よろしいでしょうか?」
拳を握りしめながら、睦月は青筋を立てて青藍に問う。
『駄目だよ、睦月。それは後で私がやるから。五人とも覚悟しておくことです。』
「「「「「!!??」」」」」
青藍の言葉に五人はすぐに笑みを引っ込める。
「私にも、そうする権利があるかと。」
『君の役目は、そちらじゃないだろう。』
青藍は面倒そうに住之江をチラリと見やる。
「それは・・・手を上げてもいいというお話で?」
『あはは。眠らせてはいけないよ?』
「了解しました。」
睦月は言いながら何処からか太くて長い針を取り出した。
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