色彩
■ 12.四神


四神。
それは、青龍、白虎、朱雀、玄武からなる周防家の秘曲である。
笛の楽曲の最高傑作であり、周防家の者であっても、それを奏でることが出来るのは数世代に一人。


楽譜のないそれを奏でるには、笛の上手であることは勿論、全ての音を聞き取ることが出来る必要がある。
尸魂界きっての難曲。
そして、尸魂界で最も美しいとされる曲。


「あはは!父上が聞きたいだけだよねぇ、それ。」
「五月蝿いぞ、慶一。こうでもしないと、瑛二は四神を聞かせてはくれぬのだ。」
「慶一様では奏でられませんものね。」


「あはは。珠季、それは秘密にしておいてよ。・・・まぁ、異論はない。貴族の皆様方も、一度は聞いたことがあるはずだ。生の音ではないにせよ、その音は耳に残っておられるはず。」
慶一はそう言って皆を見回す。
否定の返事がないことを見て取って、言葉を続けた。


「だが、この曲にはいくつもの音が隠されている。それ故、その音を聞き取る才能がなければならず、また、その曲に見合う笛の上手でなければ、奏でることは出来ない。一音間違えるだけで、その笛は使い物にならなくなる。君たちだって、試してみたことぐらいあるだろう?それで、その時に使った笛は、曲の力に耐えられずに砕けた。そうだろう?」
慶一に問われて、皆が頷く。


「じゃ、いいだろう。四神を吹ける者は周防家であっても数世代に一人。優れた耳と笛の才能を持っていなければ、周防家の者であっても、奏でることは出来ない。私も何度か試したが、私には聞こえない音がある。演奏の腕は悪くはないのだけれど、聞こえないのだからどうしようもないのだが。・・・ということで、四神を吹いて笛が砕けなければ、瑛二は周防家の血を引く者ということだ。」


『ふふ。瑛二殿のお手並み拝見、ということですね?』
「そうそう。皆様、それでいいかな?」
慶一に問われて、貴族の者たちは沈黙する。


「あれ?返事がないね。まぁいい。沈黙は肯定ととるよ。・・・瑛二。聞かせてやりなさい。君の血筋を証明するためならば、そのくらい出来るだろう?君は家を離れることは出来ても、笛を手放すことは出来ない子だからね。」


「そんな子どもの様に言われるのは心外ですが、まぁ、いいでしょう。その程度で皆様にお認め頂けるのならば、私が周防に連なる者であることを、皆様に証明して見せます。」
「では、示してやりなさい。周防家当主からの命令だ。」
「畏まりました。」


瑛二は頷くと、懐から笛を取り出す。
それは慶一との兄弟笛である。
慶一の笛は「汕雅」、瑛二の笛は「海雅」という。
漆塗りで、色は黒。
螺鈿細工が施され、金で絵付けがされている豪奢なもの。


その華奢な笛が、瑛二の手にしっくりと馴染む。
確かめるように音を出すと、その小さな笛からは想像できない何処までも届きそうな強い音が響く。
その音を聞いただけで、楽に通じる者は瑛二の腕前に息を呑む。


弥彦はその音に懐かしげに聞き入った。
瑛二の師として、彼に笛を教えた日々を思い出して。
そんな弥彦に気付いているのか、瑛二は弥彦をチラリと見やって、悪戯に微笑む。
それから笛に息を吹き込んだ。


始めは、青龍。
清らかな水の流れを現す音色がその場に響き、その音を聞いたものの目の前には、澄んだ川の流れが目に見えるようである。


次第に音色が激しくなって行き、獰猛な虎の鳴き声のような、唸るような音へと切り替わっていく。
これが白虎。


そして、低く濁ったような音から突然突き抜けたような、高い音がその場に響き渡る。
音が天へと羽ばたいていくようなそれは、朱雀。
その激しさが燃える炎を思い起こさせる。


最後は玄武。
苛烈な音が徐々に穏やかさを取り戻していく。
天へと逃げていた音が、ゆっくりと地に降りてくるようである。


その笛の音を聞いて、誰もがほう、とため息を吐いた。
情景が見えるのだ。
自然の清らかさ、厳しさ、激しさ、そして、愛おしさ。
そのすべてが、たった一つの笛から紡ぎだされる。


・・・これは、間違いなく、周防の笛。
やはり、瑛二は、周防家の誇りである。
それを聞いた弥彦は、そう思って、内心舌を巻く。


超えられてしまったなぁ。
いや、それは、始めから解っていたのだが。
瑛二が生まれたとき、弥彦は直感でそう感じたのだ。
それ故、弥彦の弟子は、瑛二だけ。
誰に望まれようと、弥彦は瑛二にしか、笛の手解きはしなかったのである。

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