色彩
■ 5.弱音


『・・・こんなものかな。』
それぞれの部屋に案内して、夕餉を済ませてから暫く経った頃。
机に向かっていた青藍は、そう言って漸く筆をおいた。


「終わったか?」
それに気が付いた深冬は、呼んでいた本を閉じて青藍に声を掛ける。
『うん。今日の所は、ね。』


「そうか。お疲れ様。」
深冬はそう言って微笑む。
『ふふ。ありがと。』
青藍もまた微笑んだ。


『おいで、深冬。』
青藍に言われて、深冬は彼に近付く。
近付いてきた深冬を青藍は抱き寄せた。


『はぁ。何だか、二人きりって、久しぶりな気がする・・・。』
深冬に擦り寄りながら、青藍が呟くように言う。
「そうだな。ここのところ、青藍は忙しくしていたから。日に一度、顔を見ればいい方だった。」


『うん・・・。ごめんね。いつも、君を待たせてしまって。』
「いい。青藍が忙しいのは知っている。・・・でも、無理はするな。ここ数日、眠れていないだろう。馬鹿。」
青藍を抱きしめ返しながら、深冬は呟く。


『ふは。よく解ったね。』
「隈は隠しているようだが、少し、血色が悪いぞ。今日はもう、眠った方がいい。」
深冬はそういうと、顔を上げて、青藍の腕を軽く引っ張る。
青藍は抵抗することなく、導かれるままに備え付けられているベッドに向かい、そこに腰を下ろす。
深冬もまた隣に腰を下ろした。


「一体、何日寝ていないのだ?」
『三日ぐらい、かな・・・。』
深冬の肩に頭を凭れて、青藍は眠そうに言う。


「何故、寝ていない?忙しいからという理由だけではないだろう。」
『ふふ。本当に、深冬は、何でもお見通しだなぁ。』
「笑っている場合か。本当に馬鹿だ。・・・いいから話せ。私が聞いてやる。」


『うん。・・・ちょっと、夢見が悪くて。』
「夢?」
『久世君の、件が、あったでしょう?』
「そうだな。」


『あの件で、改めて、朽木の名が、どれほど大きいものなのか、解ったんだ。・・・朽木の名は、ああやって、僕の、知らないところで、誰かを傷付ける。』
小さな声で語り始めた青藍に、深冬は耳を傾ける。


『その誰かは、現実では久世君だったのに、夢の中では、雪乃だったり、キリトだったり、京や侑李、それから、深冬、だったり、して・・・。それが、とても、怖い。それなのに、目が覚めたとき、それが夢だと気が付いて、現実は久世君で良かったって、そんな、酷いことを思って・・・。』
青藍は少し顔を歪めながら言う。
そんな青藍の手に深冬は自分の手を重ねる。


『そんな自分を、見るのが嫌で、眠れなく、なってしまった・・・。』
「そうか。」
『それから・・・。』
青藍は苦しげに言葉を続ける。
「それから?」
深冬は青藍の手を握って、穏やかに先を促す。


『茶羅が、羨ましい。どうして、解き放たれるのが、僕ではなく、茶羅なのだろう・・・。』
独り言のように言ったその言葉に、深冬は思わず泣きそうになって、返答に詰まる。
それに気付いた青藍は、自嘲するように笑って、深冬の頬に手を伸ばした。


『・・・ごめんね。君に、そんな顔を、させたかったわけじゃ、ないんだ。自分でこうなることを望んだくせに、弱音を吐いて、弱くて、ごめん。』
弱々しく微笑みながらそう言った青藍に、深冬は思い切り抱き着いた。
その反動で青藍はベッドの上に転がる。


「・・・謝らなくていい。弱くて、いい。無理に、笑わないでくれ。私の前では、それでいい。」
そこまで言って一息つくと、深冬は顔を上げて青藍の瞳を上から見下ろした。


「青藍の本音も、弱さも、狡さも、全部、私が受け止めてやる。私は、そのために、青藍のそばに居るのだ。青藍が、私を受け止めてくれるように、私も青藍を受け止めたい。私の前では、我慢するな。泣きたいなら泣いて良いし、苦しいなら苦しいと言っていい。」
『でも、僕は、君に、笑っていてほしい。』
青藍は泣きそうに呟く。


「青藍が心から笑っていれば、私も心から笑っていられる。だから、青藍が笑っていられるように、私は青藍の全部を受け止める。青藍は、一人じゃない。私は貴方の隣に居る。これが、青藍の現実だ。夢などに惑わされるな。引き摺られるな。青藍の夢の中にあるのは、ただの虚像だ。」
真っ直ぐに問われて、青藍は頷く。


『虚像・・・?』
「そうだ。そして、現実の私は、今、青藍の目の前に居る。手の届くところに居るのだ。雪乃様も、キリトさんたちも、皆、青藍のそばに居る。そして、青藍の苦しみを共に背負うと決めている。そう決めたのは、彼ら自身だ。だから、青藍も、彼等と共に歩むと決めたのだろう。彼らを巻き込むと決めたのだろう。」


『うん。』
「私を、巻き込むと、決めたのだろう。私は、私たちは、何があろうと、そばに居る。青藍の欲しいものは、ちゃんとここにあるのだ。・・・何も、怖いことなどないだろう。」
強い瞳で凛と言われて、青藍は目を細める。

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