色彩
■ 36.硯箱

『開けてみるといい。』
「あぁ。きっと驚くぞ。」
楽しげな青藍と深冬に首を傾げながらも、紫庵は包みを解き始める。
中からは箱が出てきた。
紫庵は恐る恐るその箱の蓋に手を伸ばす。


「・・・び、びっくり箱、とかでは、ないですよね・・・?」
そう言って確認するように見上げた紫庵に、青藍は笑う。
『安心してよ。びっくり箱ではないから。』
「そ、そうですか。では、開けます・・・。」
若干緊張しながらも、紫庵はふたを開ける。
そして、言葉を失った。


中から出てきたのは硯箱である。
それも一目で良い品だとわかるほどの逸品だ。
漆塗りの箱だけでも美しいが、目を引くのは大きく描かれた金色の柳の絵である。


「・・・・・・これ、は・・・父の、絵・・・?」
信じられないと言った様子で、紫庵は青藍を見る。
『そう。ちょっと無理を言って、絵をつけて頂きました。時間がなかったから、蓋だけなのだけれど。ちなみに蓋の裏には君の名前が入っているよ。こっちは僕がやりました。』


「!?」
言われて紫庵は慌てて蓋の裏を見る。
「本当に・・・?」
『あはは。ほら、僕、采湧殿の一番弟子だから。』


「薄く金粉が置かれているのは、雪ね?柳に雪折れ無し、というところかしら。」
まじまじと硯箱を見つめて、梨花は呟く。
『ご名答。』
「紫庵には勿体ないくらいね。采湧殿も憎いことをするわ。」


『ふふ。采湧殿も人の親ということさ。文句を言いながらも楽しそうに絵付けをしていたよ。大事にしなさい。そして、それに見合う働きをしなさい。いつまでも柳のように柔軟でありなさい。雨にも、風にも、雪の重さにも耐える、そんな人になるように。』
青藍はそう言って穏やかに微笑む。


「ちなみに、これを頼んだのも橙晴だぞ。お蔭で私まで采湧殿に捕まった。」
深冬は疲れたように言う。
「・・・うん。ありがとうございます。おれ、頑張りますね。おれも、橙晴や皆さんの力になることが、出来るように、頑張ります。」
紫庵はそう言って笑う。


『よし。それでいい。ちゃんと橙晴にもお礼を言うんだよ。毒吐きながらも喜ぶから。橙晴ったら可愛いよね。』
楽しげに言う青藍に、紫庵は大きく頷いた。


「それが橙晴です。・・・加賀美さんもありがとう。」
「私は、大したことはしていない。二日ほど采湧殿に眺められていただけだ。」
「あはは・・・。ごめんね。父さん、そういう人なんだ・・・。」
紫庵は苦笑する。


「そうだろうな。あの二日間でそれがよく解った。まぁ、久世が苛められていると聞いてもその話は後で聞くと言われたことには驚いたが。」
「あぁ、うん・・・。いいんだよ、何時ものことだから。」


『あはは。久世君、あの父親では苦労するだろうね。美しいものの方が、優先順位が高いから。邸においてある品を見せてもらって驚いたよ。おかしいと思ったんだよねぇ。采湧殿の収入はその辺の中流貴族並みのはずなのに、久世君が一般人とかいうからさぁ。采湧殿は着物もいいものを着ているし。』


「父は自分で稼いだ分を自分で使い切ってしまうのです・・・。お蔭でおれは、ほぼ一般人・・・。母もそれに愛想を尽かしたようで、家を捨てて他の男の元に・・・。いや、それもおかしいんですよ。父は婿入りしたのに、何故母が出て行くのか・・・。」
紫庵は訳が分からないと言った様子で首を傾げる。


「あら、貴方、本当に苦労しているのね。まぁ、あの方では仕方ないでしょうけれど。」
梨花は同情するように紫庵を見る。
「そりゃあ、伯父様方も父を早々に下級貴族に収めるわけで・・・。」
「そうそう。私もお父様も名前を聞いて驚いたわよ。貴方、実は凄いのね。」
『うん。僕も吃驚した。』


「あはは・・・。血筋だけですが。」
「まぁ、伯父があの方だと聞いて納得する部分もあるが。」
「うん・・・。父さん、あの方には可愛がってもらったらしい。」
四人はひそひそと会話をする。
そこに酒を片手にその話題に上っていた人物が姿を見せた。


「おんやぁ?四人で仲良く内緒話?僕も混ぜてよ。」
既に呑んでいるらしい。
「お・・・んぐ!?」
その姿を見て、紫庵は思わず声を上げるが、その口をあっという間に梨花が押さえた。


「この馬鹿。せめて応接室に行ってからにしなさい。」
梨花はそのまま耳元でひそひそと囁く
「ふぁい。」
その返事を聞いて紫庵の口を解放した。


「・・・きょ、京楽隊長。な、何か、ご用で・・・?」
紫庵は恐る恐る京楽に声を掛ける。
「いや?三番隊の様子はどうかなぁと、思って、見に来たのよ。あ、七席になったんだっけ?おめでとう。」


「あ、ありがとうございます。」
「そう硬くならないでよ。ちょっと、応接室、借りてもいい?」
「ど、どうぞ。ご案内いたします。青藍さんたちもご一緒に・・・。」
紫庵の動きのぎこちなさに、皆が笑いを噛み殺す。

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