色彩
■ 33.僕の幸せ

『欲しいものがあっても、欲しいということが出来ないことなんていくらでもある。たった一つ、欲しいと願ったものを手に入れる時だって、相当悩んだ。手に入れれば、必ず巻き込むことが解っていたから。手に入れてしまった今だって、本当にそれで良かったのかと迷う。何度も何度も自問自答を繰り返す。』
青藍は困ったように笑った。


「まだそんなことを悩んでいるの?馬鹿ね。あの子に迷いなどないのに。」
『そうなのだけれどね。考えずにはいられないでしょう。僕の傍に居ることのメリットを考えても、僕の傍に居ないことのメリットの方が大きい。何度考えてもそうなんだ。彼女が苦しむ度に、苦しくて仕方がない。でも、手放すことは出来なくて。』


「お前は、まだ、苦しいのか?」
『そりゃあもう、死んでしまいたくなるくらいには、毎日が苦しいよ。罪悪感に押しつぶされそうになる。彼女は僕に幸せをくれるのに、僕が一番あの子を苦しめる。』
豪紀の問いに微かに顔を歪めながらそう答えた青藍を見て、柳内は目を見開いた。


『傍から見たら僕は幸せなのだろうね。地位も権力も霊力もあって、愛する妻が居て、家族が居て。それから心強い味方もたくさんいて。実際、僕は幸せだよ。毎日、太陽が昇ってきて、沈んでいく。そんな何でもないことを繰り返して、少しずつ年を取って。共に歩む人が居て。青い空を見ることが出来て、風を感じることが出来て、名前を呼べば返事をしてくれる人たちがいる。僕の名前を呼んでくれる人たちがいる。そして何より、彼女が、深冬が、そばに居る。僕はなんて幸せなのだろうと、毎日、思う。』


「そんな、ことが、貴方の、幸せなのですか・・・?」
柳内に問われて青藍は頷く。
『そうだよ。何気ない日常が、僕にとっての幸せさ。それ以上は、望まない。』


「何故・・・。貴方ならば、望めばいくらでも手に入るでしょうに・・・。」
『手に入るから、望んではいけないこともあるんだよ。』
青藍は言い聞かせるように言う。


『僕の望みは多くの人を巻き込む。それに、僕の望みは僕自身を幸せにしない。僕だけではなく、僕の周りに居る皆も不幸にするだろう。だから僕は、望まない。・・・この話を聞いて、君はどう思うだろうか。それでも僕は幸せだと思うのだろうか。僕に同情するだろうか。それとも朽木家当主は情けないと嘲笑うのだろうか。』
青藍は独り言のように言う。


「俺は、お前のことを知って、孤独で憐れな奴だと思ったがな。」
「私もよ。私たちがそばに居ても、誰よりも孤独なのだから。悔しいことに、その孤独を知りながら、私たちは何も出来ないの。青藍がその身を引き裂かれるような苦しみや痛みを感じていてもね。」


「私はそれを隠して笑っている青藍様に恐怖を感じたわよ。この人、どこかおかしいのかしら、とも思ったわ。もともと普通と言える部分が少ないのも事実だけれど。」
『あはは。否定できないねぇ。』


「事実だからな。まぁ、多少おかしくないとやっていられないというのも解るが。」
「そうね。」
豪紀の言葉に雪乃は大きく頷く。

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