色彩
■ 26.紫庵の席


「あらら。これは失礼。それで兄様、紫庵はどうしました?」
『久世君なら先ほど梨花姫と慶一殿に連れられてお見合い会場に向かったよ?』
「へぇ?首尾は?」
『上々。梨花姫は乗り気だし、あの采湧殿を連れ出してきたから、慶一殿は文句の一つも言えやしないだろう。あちらは問題ないよ。』


「さすが兄様ですね。・・・それで、蓮は、副官室か。随分と冷たい霊圧がありますねぇ。」
橙晴は暢気にそう言い放つ。
その言葉に隊士たち反射的に霊圧を探ってその通りであることに小さく震えた。


「流石蓮ですねぇ。」
『ふふ。相当お怒りだからね。自分への反省も含めて。』
「では、あちらは任せましょうか。・・・僕の役目はこちらですので。」
橙晴はそう言って柳内に向き直る。
その瞳が冷たいことを見て取って、柳内は小さく震えた。


『そうだねぇ。・・・今ここに居る皆も話を聞いていくといい。』
青藍はそう言って微笑む。
三番隊の隊士たちはその微笑に恐怖を感じ、顔を青くした。
豪紀、深冬、実花の三人は、早々に壁際に寄って遠い目をする。
青藍はそれをチラリと横目で見つつも、自らはその場に留まり柳内を見据えた。


『ねぇ、柳内君。一つ、質問してもいいかな?』
「は、い。何で、しょうか・・・?」
微笑まれて、柳内は小さく首を傾げる。


『久世紫庵の席を、教えて貰いたい。』
青藍の言葉に三番隊の隊士全員が凍りつく。
「そ、それは・・・。」
問われた柳内は口籠る。


「紫庵の席は何処にあるのですか?この執務室に必ずあるはずです。彼は三番隊の隊士なのですから。当然「先輩」である柳内さんならば知っておられるはずですよね?彼とは顔見知りなのですから、彼がどこにいるか顔を見れば解るはずです。彼は、いつも何処に居るのですか?僕は、この書類を久世紫庵の机に乗せて来いと言われているのです。」
橙晴は言いながら数枚の書類をひらひらと見せる。


「この久世紫庵が処理した本来ならば席官がやるべき書類にちょっとした不備がありましたので。」
橙晴の言葉に執務室内は静まり返った。


「・・・三番隊は隊長が不在の時でも、副隊長であるイヅルさんを筆頭にして、滞りなく書類整理を行っていたと聞きます。席官も隊士も関係なく、その処理能力は他隊のものと比べれば高いものです。それだけの処理能力があると言っても、この書類は席官がやるべき仕事です。これは、席官にしか知らされないはずの、一隊士には知らされないはずの文書なのですから。何故、そんな書類に、紫庵の筆跡があるのでしょうか。」
橙晴の問いに答えるものはない。


「そして何故、その書類を処理したはずの者の机を、誰一人として教えてくれないのでしょうか。書類を隊舎外に持ち出すことは基本的に禁じられています。正当な理由がなければ書類を持ち出すことは叶いません。まぁ、朽木邸のように警備が万全な場所であれば話は別ですが。つまり・・・。」


『久世紫庵は三番隊舎のどこかで仕事をしているはず。』
「そういうことになりますね、柳内さん?」
問われて柳内は小さく頷く。


「隊によって差異はありますが、机の位置はそう簡単に変わることはありません。平の隊士は最初に宛がわれた場所を使うことが多い。・・・と、いう訳で、僕は少し調べました。紫庵が最初に宛がわれた机は何処にあったのか。もっとも、イヅルさんにご協力いただいたのですが。こちらに席が描かれた図があります。」


・・・脅した、ともいうがな。
顔を青くしたイヅルを思い出しながら、深冬は内心で呟く。
久世が苛められていることに気付けなかっただけでもショックを受けていた吉良副隊長を、橙晴がここぞとばかりにあれこれと言いくるめてあの座席表を出させたのだから。


「それによると、紫庵の席は右から三列目の一番後ろにあるはずなのです。ですが・・・。」
『ふむ。どうやら、そこには机がないようだよ。三列目だけ一つ席が少ない。一番後ろの席が。久世君の前に居る木崎君は、君で合っているよね?』


「は、はい・・・。」
青藍に問われて木崎という隊士は肯定の返事をする。
「これは一体どういうことでしょうか。何故、彼の席はあるべき場所にないのでしょう。誰か、理由を知るものはいませんか?」


橙晴に問われて、隊士たちは顔を見合わせる。
ちらちらと柳内を見るものもあるが、ほとんどが彼から目を逸らす。
それから、気まずげに沈黙した。

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