色彩
■ 24.紫庵の父

『ふふ。あの方が采湧だと知った時には、僕はこの顔に感謝したね。』
「あぁ、顔・・・。そうだった・・・。あの父はそう言う人でしたね・・・。」
紫庵はそう言ってため息を吐く。
「なるほど。青藍君は顔で選ばれたのか。羨ましいなあ。」


『慶一殿は笛の音で選ばれたとか。』
「そうなのだよ。だから、私は顔を見せては貰えなかった。」
慶一は拗ねたように言う。
「そ、れは、父が、大変な、ご無礼を・・・。ですが、あれは、病気のような、ものでして・・・。美しいものには目がないのです・・・。」
紫庵は困ったように言った。


『ふふ。あの方に美しいと言って貰えるのならば、この余計なものまで寄せ付ける顔も悪くない。・・・まぁ、そんなことがあってから、何度か邸に足を運んだのさ。』
「だから、青藍さん、おれのこと、やたらと詳しいのですね・・・。」
『あはは!君は昔から面白い子だったようだねぇ。見ていて面白かったから捨てられなかったと言っていたよ。』


「捨て!?あれ!?おれ、捨てられそうになっていたんです!?」
紫庵は蓮の肩から顔を突き出して、青藍に問う。
『そうそう。君のお母上がお父上に愛想を尽かして君を置いて出て行ったとき、捨てようと思ったらしい。』
「ひ、酷い・・・!」


『でもねぇ、捨てに行く途中で、言動が忙しない君を見て、面白いから傍においておこうと考え直したようだよ。君のそれを面白いと取るか、鬱陶しいと取るかは人それぞれだけれど、前者で良かったね、久世君。』
「えぇ・・・本当に、良かった・・・。」
「紫庵、知らないうちに危ない橋を渡っていたんだね・・・。」
蓮は苦笑する。


『で、今回丁度いいからちょっと、連れ出してきました。今、師走が相手をしていることでしょう。』
「何故師走さん?こういう時は睦月さんじゃないの?」
蓮が首を傾げる。


『一度睦月を連れていったら三日程手放してくれなかったから。流石に睦月が可哀そうでね。かくいう僕も一週間ほど拘束されたのだけれども。その間、仕事は全部久世邸に運んでもらったよ。いやぁ、見た目からは想像がつかないほど根気強いねぇ。この僕を一週間も引き留めるなんて。まぁ、僕も面白かったからいいのだけれど。絵付けの仕方まで教えて貰っちゃったよね。何と、あの采湧の一番弟子だそうだよ。』


「青藍、また特技が増えたね・・・。」
楽しげに言った青藍に、蓮は苦笑する。
『あはは。・・・さて、あの采湧の顔を見たいのならば急いだ方がよろしいですよ、慶一殿。あの方を連れ出してからすでに半刻ほど経っております。一刻ならばいいという時間制限つきでしたので、残りはあと半刻。梨花姫もご挨拶をしてくるとよろしいでしょう。』


「おや、それは急いだ方がいいね。場所は?」
『料亭「吉朝」の個室を押えております。入り口にうちの使用人が待機しておりますので、彼に案内をしてもらってください。』
「解ったよ。」
慶一はそう言って青藍に背を向ける。


『あ、そうそう。』
「なんだい?」
『采湧の本名は伏せてくださいね。そういうお約束もございます。』
「どうしてだい?」


『ふふ。その辺はお名前をお聞きすれば解ります。きっと答えてくださるでしょう。いや、慶一殿ならば、顔を見れば解るかもしれません。どうぞ、采湧殿とのひと時をお楽しみくださいませ。』
「ふぅん?何やら面白そうだ。では、私はこれで失礼するよ。梨花も来なさい。」


「えぇ。・・・行くわよ、紫庵。」
「そんなぁ・・・。蓮さん、助けてください。」
紫庵は涙目になりながら蓮の背中に隠れる。
「ふふ。いってらっしゃい。」
蓮は微笑みながら紫庵を引きはがして、実花が連れてきていた使用人に投げつける。


「君たち、紫庵を連れていきなさい。彼は今から非番になった。好きにしていいよ。」
蓮に言われて使用人たちは紫庵を担ぎ上げて執務室から出て行く。
「そんな!?ちょっと、蓮さん!?それは、職権乱用というのでは!?いや、離して!!」
そんな紫庵の叫びは誰にも聞き入れられることがなかった。


『・・・ふぅ。ここから先が大変だなぁ。』
「俺、もう帰ってもいいか?」
豪紀は青藍に静かに問う。


『あはは。巻き込んだようで。お忙しいところ申し訳ありません、豪紀殿。』
「構いませんよ。実花に頼まれては仕方がありませんので。その実花に頼んだのが青藍殿であるのならば、断ることなど出来ない。」
貴族然とした青藍に豪紀もまた貴族然として返す。
その言葉に、青藍はいつもの青藍に戻った。
そして、楽しげに微笑む。

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