色彩
■ 47.余程の阿呆

『貴方が何かしたのですか?』
「いえ、私は、その、髪に、触れた、だけで・・・。」
『触れた?勝手に?』
「いや、その・・・。」


『・・・なるほど。我が妻に、勝手に触れるのはやめて頂きたいものですねぇ。深冬は他人に触れられることに慣れていないもので。』
「青藍、様・・・。私は、大丈夫、です。」
今にも暴言を吐きそうな青藍を宥めるように、深冬は青藍の袖を掴む。
それに気付いた青藍は深冬に向き直って微笑みを見せた。
その瞳が笑っていないために、その微笑は深冬からすれば恐ろしいのだが。


『大丈夫?大丈夫なら、何があったのか、話してくれるね?』
話してくれないのなら、あとでじっくり聞かせてもらうけど?
そんな副音声が聞こえてきて、深冬は諦める。


あぁ、ごめんなさい。
私だって自分の身が可愛いのだ・・・。
名前もよく解らない男に、深冬は内心で謝った。


「・・・髪、に触れられて、顔、が近く、て、髪に、口が・・・近づいて、きて・・・。それ、で、思わず、声を、上げて、しまい、ました。お騒がせ、して、申し訳、ありません・・・。」
『・・・そう。』
呟くように言った深冬に青藍は頷く。


『勝手に触れられて、怖かったのか。』
いや、怖いというより気持ち悪かった。
今も触れられた部分が気持ち悪い。
気持ち悪いが、気持ち悪いという訳にはいかないだろう?
深冬はそんなことを思いながら青藍を見上げる。


『それは何処?』
深冬の心情を察したように青藍は問う。
「この、あたり・・・。」
深冬はそのあたりの髪を指さした。
すると、青藍の手がそこへ伸びてくる。


さらり。
青藍の手が深冬の髪を掬い上げる。
『相変わらず、綺麗な髪だ。』
そう呟くように言って、躊躇いなくその唇を寄せた。
今度は、深冬は拒否することなくそれを受け入れる。


『・・・これでいい。』
青藍は満足げにそう言ってサラサラと深冬の髪を弄ぶ。
髪を弄ばれて、深冬はくすぐったそうに身を捩った。
男に触れられた部分から、気持ち悪さがなくなっていくのを感じて、深冬は小さく微笑む。
それを見た青藍もまた、心からの笑みを浮かべた。
深冬の手を取って、指を絡める。


『来なさい、深冬。帰ろうか。どうやらここには悪い虫が居るようだから。やっぱり、君を公の場に出すのは、嫌だなぁ。』
そんなことを言いながら、青藍は深冬の手を引いて歩き出す。


「あら、青藍様、帰られますの?」
微笑みを見せた深冬に周りが唖然としている中、実花は青藍に声を掛ける。
『帰る。私は、私のものに手を出されるのが一番嫌いなんだ。』
「やっぱり、青藍様って怖い方。」


「青藍殿のものに手を出すなど、余程自信があって度胸がある者か、余程の阿呆だろう。」
豪紀は呆れ顔だ。
『ふふ。そうかな。』


「ましてや深冬の親は霊王宮の者なのだから、そう簡単に触れていい代物ではない。」
豪紀の言葉に男は顔を青くする。
『あぁ、安曇様にどう説明するのがいいかな。』
「と、父様に、何か、言うつもりなの、ですか・・・?」
そんなことをすれば、父様が怒る。


『ふふ。何も言わずとも、あの方には見えているのではないかな。何せ、霊王宮の方だから。だから、私が説明しなければ、あの者は消されてしまうよ?』
・・・あぁ、確かに。
青藍の言葉に深冬、豪紀、実花は内心で頷く。


『まぁ、今日の所は未遂、ということで、適当にはぐらかしておこう。・・・二度目は、ないけれど。』
「安曇様も相変わらずのようだ。深冬のことになると腹を立てるのが早い。」
『豪紀殿だって、自分の妹に手を出されては、腹を立てるのでは?』


「それは、私は青藍殿に腹を立ててもいいということか?」
『あはは!それは困る。』
豪紀の言葉に青藍は笑う。
『いや、やはり、豪紀殿は面白い。十五夜様が君を気に入るのも解るよ。』
青藍の発言にざわめきが起こる。


「・・・ご冗談を。私が十五夜様に気に入られているなどと、恐れ多い。」
青藍を軽く睨みつけながら、豪紀は言う。
『そうだろうか。十五夜様・・・というか、漣家の方は、我が母も含めて、中々他人を受け入れない。あの方々に、もう一度顔を合わせることもあるだろう、と言わせるのは非常に難しいことなのだよ?それが社交辞令だとしてもね。まぁ、あれは、社交辞令などではなかったけれど。』


「それはそれで恐れ多いことだ。」
『ふふ。その内、加賀美家にも姿を見せるかもしれない。弥彦様を探しにこちらに来ることもあるようだから。』


「そのようですわね。梨花姉さまがいつも十五夜様のお相手をしておられますわ。かくいう私もお手伝いをしたことがございますけど。」
『周防家にはご迷惑をお掛けしているようで、大変申し訳ない。どうも、霊王宮の方というのはこちらとは規格が違う様でして。こちらの常識を超えていかれるので、朽木家もあの方々に振り回されるばかりで・・・。』


「・・・ほう?青藍は私をそのように思っていたのか。」
困ったように話す青藍の背後でそんな声が聞こえてきて、空間が開かれる。
『・・・あら、安曇様。盗み聞きですか?』
青藍は振り返って、悪戯に言う。


「阿呆。何故私がそのようなことをせねばならんのだ。聞こえてきただけだ。」
突然の安曇の登場に、周りの者たちは狼狽え、そして、気が付いたように安曇に頭を下げた。


「ほう。普通はそのように礼を取るものなのか。青藍がこのように礼を取る姿は見たことがないが。」
安曇は珍しげに頭を下げた者たちを見る。
『おや、そんなことはありませんよ。深冬を貰う時に頭を下げたはずですが。』


「そうだったか?私の知らないうちに婚約していたと思ったが。」
『あれは色々と訳がございましたので。安曇様にもご説明いたしましたでしょう?』
「説明はされたな。だが、事後報告だったであろう。初めて会った時など、私の話を盗み聞きしていたではないか。」


『ふふ。あれは私が聞く必要のあるお話でしたので。それに、祝言の際には事前にご挨拶申し上げましたよ。』
青藍はそう言ってにっこりと微笑む。
「そういうことではないのだが・・・まぁ、そなたに言っても無駄なことだな。」
安曇は諦めたように言う。


『流石父様です。柔軟な方で何より。』
「褒めても何も出ぬぞ。」
『あら、それは残念です。』
そういいながらも青藍は笑みを浮かべている。

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