色彩
■ 46.あらぬ噂

「それに、噂をご存じではありませんか?」
問われて深冬は首を傾げる。
「噂?」
「えぇ。青藍様は深冬様をその髪と瞳の色が珍しいために娶った、という話ですが。」
ひそひそと、顔を近づけてくる男に、深冬は小さく距離を取る。
下心が丸見えというか、鬱陶しいというか。


「それも、すでに次の方を探しているというではありませんか。それではあまりにも、深冬様が不憫にございます・・・。」
果たして、不憫なのはどちらなのだろうか。
残念なことに、祝言の日からずっと、深冬の体から青藍の所有印が消えたことはない。
ついでに言えば、青藍の体から深冬の所有印が消えたこともないのだが。


しかし、青藍は橙晴のように堂々と見える場所に付けることはしない。
その上、そういう欲を深冬以外に見せないのだ。
たまに友人たちの前でチラリと覗かせる程度で。
それもまた、深冬をからかうためだから質が悪いのだが。


「それに、楼閣通いもされているとか。確かに当主会議は楼閣で開かれることもありますが、それ以外でも足を運んでおられる様子・・・。」
男の言葉に周りの貴族から同情の視線が送られる。
・・・何故、それが確定しているかのように、私を見るのだ。
深冬は内心でため息を吐く。


あれがそういう男ならば、今までに浮名の一つや二つや三つ流しているだろうに。
楼閣に潜入していた茶羅から聞いたところによると、青藍は姐さんたちの話し相手をしているだけとのこと。
どんなに誘われても顔色一つ変えないと、茶羅が詰まらなさそうに言っていた。


そして、青藍は女性不信。
女性に囲まれた際に逃げ出さないだけましになった、と清家に言われるほどだ。
それを知っている深冬には、青藍の不貞を疑う理由がなかった。
青藍の周りには女性が多すぎる、とは思うけれども。


「朽木家当主の妻という立場ではありますが、お相手がそのようでは色々とお心を痛めることもあるのではありませんか?もしよろしければ、私が相談に乗りますが・・・。」
男はそう言ってさらに深冬に近付こうとする。
・・・私は悲鳴を上げてもいいだろうか。
少しずつ下がりながら、深冬は考える。


「あぁ、何と美しい髪なのか。」
目の前の男は勝手に髪を持ち上げて、うっとりと眺める。
その唇が髪に吸い寄せられるように近づけられていることに気が付いて、深冬はぞわりと総毛立つ。
そして、思わず思い切り後ろに下がって、


「私に、触れるな!」
と、言い放ってしまったのである。
深冬の声に貴族たちの視線が集中する。
青藍もそれに気が付いたのか、こちらを見ているようだった。
豪紀兄様と実花さまは、私が素で嫌がったことに苦笑している。


チラリと青藍を見ると、青藍はそれに気付いて、微笑みは絶やさないがその瞳に怒りが滲む。
あぁ・・・。
これでは穏便に済ませることが出来るかどうか・・・。
深冬は内心で頭を抱える。


そうこうする間に、貴族たちの間を縫うようにして、青藍が近づいてくる。
近付いてくる青藍は怖いが、それでも、目の前の男に触れられるのは嫌だ。
ぞわぞわした気持ち悪さに、深冬は小さく震える。
青藍が近づいてくるにつれて、彼の存在に安心して、余計震えてしまうのだった。


『そんな声を上げて、どうしたのかな?』
青藍は深冬に問う。
小さく震える深冬に気が付いて、彼女の肩に手をのせた。
「いえ・・・何も・・・。」


『何も?こんなに震えているのに?』
柔らかい口調だが、その瞳が言え、と言っている。
しかし、言えば、先ほどの男はただでは済まないだろう。
流石に今すぐにあの男をどうこうすることはないだろうが、後が怖い。
私に手を出そうとした者のその後を私に話さないあたり、絶対に何かあるのだ。


それは、たぶん、だめ、だよな・・・?
触れられた青藍の手に安心しながらも、深冬は考える。
だが、どう考えても、これまでの経験から、そんな答えが導き出される。
『・・・どうやら、話したくないらしい。誰か、何があったのか、説明して頂けないだろうか。』


にっこり。
誰か、といいながらも、犯人は解っているらしい。
深冬に近付こうとした男に問うている。
・・・あぁ、駄目だ。
そう思ったのは深冬だけではない。
豪紀と実花は既に遠い目をしている。


「ち、ちがい、ます。私は、何も・・・。」
青藍に見つめられて、男はたじろぐ。

[ prev / next ]
top
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -