色彩
■ 36.早く帰りたい

それから数週間。
青藍の噂が落ち着いた頃。
これ、いつ終わるのかなぁ。
青藍は内心で呟く。
謎の壺やら、笛やら箏やら、金銀宝石やら螺鈿細工やら・・・。
建物の造りがどうのこうの、鬼瓦がどうのこうの・・・。


・・・正直、どうでもいい。
飽きた。
帰りたい。
今すぐに。
眠くなってきたし。


青藍は辟易していた。
今日はある貴族の提案で瀞霊廷のあれやこれやを案内、見学しているのである。
正直興味はないし、もともと知っていることばかり。
それを自慢げに話すものだから、適当に相槌を打って聞き流す。
昼過ぎから始まって、すでに夕刻。
日が暮れている。


「・・・これから行くところは、その昔、人々が星を読んだと言われる古い塔にございます・・・。」
まだあるのか。
説明が始まったことに内心でため息を吐いて、青藍は隣に居る人物に目をやる。
無表情を崩してはいないが、彼もまた、内心でため息を吐いていることが伺えた。


これを慶一殿に投げられる加賀美君は、大変だなぁ。
内心で苦笑していると、それに気付いたのか、豪紀は青藍をチラリと睨みつける。
青藍はそれに苦笑を返した。


今青藍たちが歩いているのは、歴史的な建造物でありながら、今も料亭として使われている建物の廊下である。
何でも、どこかの初代当主が昔々に建てたらしい。
確かに造りは素晴らしいし、何度も修繕を繰り返して大切に使われている様子が伺える。


だがしかし。
如何せん興味がない。
誰が建てたとかどうでもいい。
早く帰りたい。
こんなことに深冬との時間が削られるなんて、耐えられない・・・。


青藍はもはや話を聞く気などなかった。
いや、もともとそんなに聞いてはいないのだが。
廊下の曲がり角に来ると、中庭を見つめているある人物を見つける。
天の助けとばかりに、青藍はその人物に声を掛けた。


『十五夜様?このようなところでお見かけするとは、珍しいですね。』
「青藍じゃないか。僕は休暇さ。突然一日空いたものだから、こちらに来たのだけど。あちらは肩が凝るからね。」
十五夜はそう言って微笑む。
青藍と豪紀以外の貴族たちは突然の十五夜の出現に驚きながらも、礼を取る。
豪紀も軽く頭を下げた。


『それならそうと、私にご連絡いただければおもてなし致しましたのに。』
本当に、十五夜様が僕に用事を言いつけてくれれば、僕は一日を無駄にしなくて済んだのに。
今からでもいいから何かお誘いして頂けないだろうか。
青藍は内心でそんなことを思いながら十五夜を見つめる。
十五夜はそんな視線に軽く首を傾げ、青藍の後ろに居る貴族たちを見て小さく頷いた。
状況を理解したらしい。


「そうかい?忙しい君を呼び出すのは気が引けたのだけれど。」
『まさか。十五夜様のためならば、いくらでも時間を作りましょう。』
二人はにこやかに会話を続ける。


「それなら、お言葉に甘えていいかな。こちらに来たのはいいのだけれど、顔見知りに出会ってしまってね。僕では手に負えないというか・・・。それで、ちょっと逃げてきたのだけれど。」
十五夜は困ったように言う。


『十五夜様の手に負えない方を私がお相手できますかどうか・・・。』
「ふふ。心配いらないよ。君たちのお姫様たちだからね。僕も年かなぁ。あちらこちら連れ回されて疲れてしまった。あの子たち、若いねぇ。」
青藍と豪紀の二人に視線をやりながら十五夜は苦笑する。


『君たち・・・ということは、実花姫も?』
「そうそう。弥彦を捕まえるのに手を貸してもらったからね。・・・豪紀君も、婚約者を借りてしまってすまないね。」
「いえ。お役にたてたのならば、光栄にございます。」
豪紀はそう言って軽く頭を下げた。


「そう硬くならなくてもいいさ。・・・そうだ。君の笛を聞かせてくれるかな。君の笛の音は僕の性に合っている。」
「えぇ。もちろん。ご所望であるのならば。丁度笛を持ち合わせておりますので。」
「本当かい?それはいい。・・・君たち、この二人を借りてもいいかな?」
十五夜はそう言って貴族連中を見る。
彼等は一も二もなく頷いた。


「そうかい。では、借りていくよ。行こうか、二人とも。」
『「えぇ。では、私たちはこれにて失礼させて頂きます。」』
二人はそう言って、十五夜に付いて行ったのだった。


『「・・・・・・はぁ。」』
十五夜に連れられて、彼らの座敷へ入った二人は、襖を閉めたとたんに盛大なため息を吐いた。
『長かったね、加賀美君・・・。』
「そうだな・・・。俺は今日中に帰れないかと思ったぞ・・・。」


『あはは・・・。僕も・・・。星読みとかいう話が出てきてぞっとしたよ・・・。』
「あぁ・・・。」
二人は疲れたようにしゃがみこんで頷き合う。


「ふふ。お疲れのようだね。」
『えぇ。十五夜様を見つけたときは天の助けだと思いました。』
「ありがとうございます。」

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