色彩
■ 21.苛烈な紅

「それ以上、言葉にするのはやめてもらえるかな。・・・僕が最初に着いて、良かった。」
京楽はそう言って笠を深く被る。


「まったく・・・本当なら、今すぐ切り殺してやりたいところだよ。」
静かに、けれど確かに殺気を放って囁いた京楽に、彩雲はびくりと震える。
「大人しく、していてもらえるね?」
そんな京楽に震えながら、彩雲は小さく頷く。


「七緒ちゃん。」
「はい。お任せを。」
後から京楽に追いついてきた七緒は、京楽に代わって彩雲の口を封じた。
それを見て、京楽は青藍の傍に近寄る。
青藍の肩に手を置くと、京楽の手は雷となった青藍の霊圧で小さく痺れた。
京楽は構わずに青藍に声を掛ける。


「・・・青藍。落ち着いて。僕が、解るね?」
その声に反応したのか、ゆるり、と青藍の焦点が京楽に合わせられる。
「もう、いいよ。力を抜いて。血が出るほど、自分の手を握り締めなくて、いいんだよ。」


『・・・・・・あ・・・春水、殿・・・?』
目の前に居る京楽と、彼の言葉に我に返ったのか、青藍から力が抜けて霊圧が抑えられる。
そして、咲夜の闇を思い出さずにはいられなかったのか、震え始めた。


「ごめんね、青藍。もっと、早く来れたら、余計なことを、思い出さなくて済んだのにね。」
京楽はそう言って崩れ落ちそうになる青藍の体を支えながら彼の頭を撫でる。


『ぼく、は・・・。』
「うん。いいんだよ。」
『ご、ごめ、なさい。ぼく、おさえ、る、ことが、でき、なくて・・・。』
泣きそうになりながら、青藍は小さく謝った。


「うん。解ってる。後は僕らが、何とかするから。皆、こっちに向かっているから。」
『はは、うえ、も・・・?』
青藍は不安げに京楽を見上げる。


「うん。知らせをくれたのは、咲ちゃんだからね。・・・でも大丈夫。僕らの秘密は、誰も知らない。知ればこの程度では済まない。だから僕らしか知らなくていい。そうでしょ?」
京楽は言い聞かせるように、静かに、穏やかに言う。
その心の中に咲夜を傷つけた者への殺意を隠して。


京楽の言葉に頷きながらも全身で震える青藍を見て、深冬は立ち上がる。
そして、口を押えられている彩雲の元へ無言で向かった。
「深冬、さん・・・?」
七緒はそう声を掛けるが、深冬は反応しなかった。
彩雲の前に来て、深冬は足を止める。


「・・・伊勢副隊長。離れてください。」
「でも・・・。」
言われて七緒は戸惑ったように深冬を見つめる。
「お願いします。離れてください。」


紅色の瞳に真っ直ぐ見つめられて、七緒は気圧されたように一歩下がった。
彩雲の口元に当てていた手は、深冬がするりと落とした。
そして、深冬は真っ直ぐに彩雲を見つめ、七緒が止める間もなく、手を振り上げて、彩雲の顔に思い切り叩きつけた。


パン!!!!!
乾いた音がその場に響く。
彩雲はその衝撃でよろめいた。


「・・・何をする!!!無礼者!!!」
信じられないと言った様子で、彩雲は深冬を見る。
「・・・これ以上の痛みと苦しみを与えておきながら、無礼者だと?」
何かを抑えるように、深冬は呟く。


「貴女が手を出したのが誰なのか考えろ。貴女が手を出したのは、全てを引き受け、孤独の中へと飛び込んだ、朽木家の当主だ。誰一人として、傷つけていいはずがない。貴女が誰かなど、関係ないのだ。私は貴女を敵とみなす。無礼者は、そちらだ。」
そう言った深冬と目があって、彩雲はその場にへたり込む。
燃えるような苛烈な瞳が、彩雲を射抜いているのだ。


「れい、ひ、さま・・・。」
「間違えるな。私は、青藍の、朽木家当主の妻だ。朽木家当主の妻が、守られるばかりだと思わぬことだ。朽木家の全ては、貴方を許さない。朽木家の者を傷付けた貴方を、私たちは、許さない。」
その覇気に、その場に居たものは目を丸くする。
その小さな体から、威圧感とも呼ぶべきものが、湧き出ているのだ。


「私は、貴女の子どもになどならない。私の母は、父が愛した母と、育ての母と、それから愛する者の母だけだ。もっとも、その様子では、私が怖くて自分の子とすることなど出来ないだろうが。私を恐れる者を父が選ぶとも思えない。これ以上私たちの怒りを買いたくなくば、私たちから手を引くことだ。」
目の前の深冬に、彩雲は震えるばかりである。
「頷かぬのなら、その命、切って捨てる。」

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