色彩
■ 13.本当は

『・・・で、こっちが本題。』
「なんだ?」
『睦月、ルキア姉さまに何したの?』
「・・・。」
問われて睦月は返答に詰まる。


『最近、ルキア姉さまと二人で甘味処には行かないよね。それに、姉さま、睦月を見ると挙動不審になるのだけれど。ていうか、睦月、地味に避けられているよね。』
言いながら青藍は疑いの視線を睦月に向ける。
「あーうん。そうだな・・・。」


『心当たりがあるようだね。何をしたのさ?』
青藍にじいっと見つめられて、睦月は目を泳がせる。
そして諦めたように口を開いた。


「・・・ちょっと、触れた、だけだ。」
『何処に?』
「額。」
『何で?』
「・・・。」
睦月は思い出すように口元を手で隠した。


『・・・なるほど。それで?何か言った?』
「狼は何処にでも居るぞ、と忠告して逃げた・・・。」
『うわ、睦月、へたれ。』
青藍は思わずそう零す。


「五月蝿い。・・・大体、お前らのせいだ。邸の中だからっていちゃつきやがって。ルキアもルキアでそれを見て顔を赤くしているものだから、つい、苛めたくなっただろ・・・。」
睦月は言い訳をするように呟く。


『そのくせ実際やってみると自分が恥ずかしくなって逃げたのか。・・・へたれ。』
「う・・・。」
睦月はぼそりとそう言った青藍に言葉を詰まらせる。


『まぁ、女嫌いの睦月がそんなことをするようになるとはね。大きな進歩だ。』
青藍はそう言ってうんうんと頷く。
「その辺のことに関しては、お前にだけは言われたくない。」
睦月は拗ねたように言って青藍を睨む。


『ふふ。僕は、それが、嬉しいと思っているよ。睦月もきっと、苦しい思いをたくさんしただろうから。女性以外のことも含めて。』
そう言って笑う青藍に、睦月は不満げに唇を突きだす。


『そんな顔しないでよ。』
「・・・楽しんでるだろ。」
『まぁね。』
「俺に勝算がないのもお見通しの癖に。」


『あはは。それは睦月が本気を出さないからだよ。自分から損な役回りを引き受けてどうするのさ。ま、睦月らしいけど。』
朗らかに言われて、睦月はため息を吐く。


「その辺もお前にだけは言われたくない。・・・それで?お前、茶羅の件はどうするつもりだ?」
睦月の問いに、青藍は目を伏せる。


『そうだねぇ。今、どうやって清家を黙らせようか、考えているところさ。朽木家の家臣たちだっていい顔はしないだろう。大事に育ててきた姫を、野に解き放つというのだから。何の利益もない、ただ、個人の幸せしか考えていない選択だからね。』
「まぁ、そうだな。」


『でも、受け入れてもらう。無理を通す。・・・燿さんは、茶羅を連れていくから。』
青藍は小さく呟く。
その呟きは人気のない隊舎に響く。
寂しげな余韻を残して。


「・・・あぁ。決めたらしいな。茶羅は朽木家から出ていくのか。」
『うん。だからと言って、茶羅と僕が兄弟であることは、変わりないのだけれど。でも、でもね。やっぱり、寂しいものだ。ずっと、守ってきた、僕らの姫なのにね。それなのに、飛び立とうとするあの子に出来るのは、貴族と言う鳥籠から放してあげることだけだ。飛び立ってしまったら、僕らはもう、見守ることしか出来ない。』


遠くを見つめる青藍の横顔に、睦月は少し苦しくなる。
確かに寂しいものだ。
その上・・・こいつは、茶羅が、羨ましいのだろう。
何にも繋がれず、何にも囚われず、自由に大空へと羽ばたいて行こうとする茶羅が。
己の身は鎖に繋がれ、身動き一つ出来なくなりつつあるのだから。


それでも、青藍は、茶羅を、大空に解き放つ。
本当は誰よりも遠くへはばたく力があるのに。
草の匂いを嗅いで、水の冷たさを感じ、風をその身に受けて、時には雨に濡れて。
何もかもを脱ぎ捨てて、自由を得て、大切なものが傍にある。
苦しく、辛いこともあるだろうが、茶羅は、他の皆は、それが出来る。


だが、こいつは。
青藍だけはそうすることが出来ないのだ。
彼がどれほど望んでも。
周りがそう望んでも。


『・・・そんな顔、しないでよ、睦月。』
青藍はそう言って苦笑する。
表情に出ていたらしい。


『本当に、睦月は聡いよね。きっと、僕が何を思っているのか、解っているのだろう。解っているからこそ、そんな顔をしているんだよね。・・・でも、僕は、自分でこの道を選んだ。こうなることが解っていた。だから、これでいい。幸い、僕の手の中には光があるからね。僕は幸せだ。』
そう言って微笑む青藍に、睦月は奥歯を噛みしめる。


俺では、そばに居ることしか、出来ないのだ・・・。
小さな光を頼りに、一人、暗い道を歩む、この、若き当主は、こんなにも、優しいのに。
何時だって、自分のことは後回しで、周りのために、いつも自分を偽る。
何度、そんな姿を見ただろう。


本当は、もっと、欲しいものがあるだろうに。
たった一つしか、欲しいと言えないなんて。
それだけですべてを背負って、幸せだと、笑う。
この美しく、気高く、聡明な当主は、本当に・・・。
そこまで考えて、睦月は青藍を真っ直ぐに見つめる。

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