色彩
■ 29.あの男のせい

その頃。
豪紀は目を覚ましていた。
布団に横になったままぼうっと天井を見上げる。


・・・長い夜だった。
内心でそう呟いて、豪紀は小さくため息を吐く。
浮竹や京楽、青藍に、色々と質問攻めにあったのである。
酒の入った京楽隊長には近づかないようにしよう。
昨夜のことを思い出して、豪紀はそう誓う。


面倒な絡み酒だった。
酔っているくせに鋭いから質が悪い。
そこまで考えて、横を見ると、その京楽が隣の布団で眠っている。
起こさないように静かに起き上がって、豪紀は青藍がすでに起きていることに気が付く。


・・・俺も起きよう。
豪紀はそう考えて、布団から出て軽く布団を直すと、用意されていた羽織を肩から掛けて、静かに部屋から抜け出したのだった。


俺は何故、こんなところに居るのだろうか。
日当たりのいい縁に座り込んで、豪紀は考える。
昔はただ、次期当主だと言われて、そのために鍛えられて、周りの期待を一身に背負って。
それが、息苦しかった。


何度も逃げたくて、でも、逃げられなくて。
家族関係が上手くいかず、それは深冬の存在があるせいだと、深冬を恨みそうになったこともあった。
だが、昔から、どんな理由があろうと、深冬は俺の妹で。


その上、深冬の身の上を知ってしまってからは、恨むことなどできなかった。
それで、これ以上ここに居れば、限界を超えて自分でなくなるような気がして、逃げるために俺はあの男に突っ掛ったのだ。


底の見えないあの男なら、俺がぶつかって行っても潰れないだろうという確信があったから。
あの姿を一目見ただけで、そう感じた。
その上、明らかに貴族として育てられたと思われる振る舞い。


何かを隠していることにも、すぐに気が付いた。
あの振る舞いが出来る育ちで、俺が顔を知らないとなれば、おおよその見当がついたのだ。
次期当主として貴族の席に出席している故に、上流貴族の顔ぐらいは見知っていた。


ただ、朽木青藍と朽木橙晴だけは、一向にその姿が見えないのだ。
彼らの姿を知る者は、豪紀の周りには居なかったから。
だから、あの男を選んだ。
ある種の期待だったのだ。


あの男が朽木家の者ならば、自分を容赦なく切り捨てるだろう、と。
それ故に、己の鬱憤をあの男にぶつけた。
自分がどうなろうと構わないと、自棄になっていた。
予想通りあの男は潰れず、何をしても動じない。


「いや、怒りを顕わにすることはあったな・・・。」
不思議だったのは、あの男は明らかに隠し事をしているのに、それでも、あの男の周りには人が集まることだ。
主席の篠原キリトを始めとして、朝霧、御剣の二人も、特進クラスでは上位に居た。


それから、朝比奈。
朝比奈は始め、俺を気にしてか、実力を表に出すことはしなかった。
だが、あの男と関わり始めてから、その実力を存分に発揮していった。
最終的には特進クラスで三番目と言う成績を残した。


その他にも現世実習では負傷者の治療を見事にやって見せたし、斬拳走鬼の腕前も確かなものだ。
彼等には人望があり、実力も兼ね備えていた。
そして努力を怠らなかった。
何があっても、自分の歩む道を見据えていた。


それを見て、やはり自分は当主になることが出来る器ではないと、感じたのに。
それなのに。
俺は今、加賀美家の当主になっている。
逃げたくて仕方がなかったものを引き受けている。
だが、あの時のような息苦しさはないのだ。
貴族との堅苦しい付き合いが面倒だと思うことは多々あるのだが。


実際、当主業よりも死神業の方が面白い。
隊長たちは貴族か平民かなど、全く気にすることがないから。
と、いうより、隊長ともなれば、その辺の貴族以上に地位が高い故に気にする必要がない。
死神の中には貴族出身の者もあるが、それでも、力を抜くことが出来る。
腹の探り合いや、見栄を張る必要がないのだから。


では、何故、俺は当主になったのだろう?
面倒なことばかりで、気疲れするだけなのに。
そう考えて、豪紀は空を見上げる。
そして、その答えに気が付いて、思わず笑った。


・・・あの男のせいか。
豪紀は内心で呟く。
あの男は自分の生まれを利用することをしなかった。
それなのに、恐ろしく強かった。
心も体も。
きっと、弱さも愚かさも持っているのだろうけれど。


さらには、あの男を傷つけたにも関わらず、あの男の両親は俺を責めたりしなかった。
浮竹隊長や京楽隊長もそうだった。
次はない、と、俺に機会を与えた。
何故、と思った。
何故、俺を切り捨てないのか、と。


その反面、あの人たちの言葉が胸に突き刺さった。
お前はそのままでいるつもりかと、言われているようだった。
叱責のような、激励のような、そんな感情が、あの時の言葉の裏にはあった。
そして、昨日の彼らの言葉。

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