色彩
■ 19.存在の証明

「母を亡くして衰弱した私を、父が助けてくれたそうです。父の事情で他の家の養子となりましたが。お爺さんに心配をおかけしたようですが、私は今、ここに居ることが出来ます。母の話を聞くことが出来て、良かった。」
「そうか。」
微笑む深冬に翁も笑みを返す。


「今日は、母に大切な人を紹介しようと思って、ここへ来たのです。」
深冬は青藍を見る。
青藍は笑みを返した。
「この人が、私の生涯の伴侶です。」
「そうか。それは、儂も、嬉しいなぁ。今日は、良い日だ。」


『お爺さんに、彼女を大切にすると、誓いましょう。ここでも、彼女を見守ってくれた人が居るのですね。お礼を申し上げます。』
青藍はそう言って微笑む。
「いや、儂は何もしておらぬよ。身なりから察するに、貴族の方とお見受けする。それでも、この流魂街の血を厭わずに迎え入れ、こうして、足を運んでくださるとは・・・。」


『愛する者が生まれた場所です。その場所と、母に感謝するのは当たり前のことでしょう。貴族であろうと、流魂街の民であろうと、それは、変わりません。』
翁はそう言った青藍を眩しそうに見つめる。


「・・・娘さんのお父上は、ご健在か?」
「はい。元気にしております。」
「では、これを。美央さんの持ち物だった。何となく、捨てられずに、持ち歩いていたのじゃが・・・。」
翁は袖の中から何かを取り出す。


『これは・・・。』
「オカリナだ・・・。」
その掌の上には、小さなオカリナがあった。
全体は水色で、所々に桜が描かれている。
裏返すと繊細で流麗な文字で美央と名が刻んであった。


「きっと、この日のために、儂の手元にあったのじゃろう。手入れはしてある。きっと、今でも吹くことが出来るじゃろう。そなたの父に、渡してはくれまいか。美央さんの遺品はこれだけなのじゃ。」
「はい。ありがとうございます。」
深冬はそれを受け取って笑みを浮かべる。


「では、儂はそろそろ戻ろう。この桜の花が咲くのを楽しみにしておるよ。」
『えぇ。きっと、美央さまのように美しい花を咲かせることでしょう。』
「ほほ。では、長生きせんとなぁ。」
翁はそう言って微笑んで去って行ったのだった。


『・・・こんな偶然があるなんて。』
翁を見送った青藍は呟くように言う。
「あぁ。母様を知る人がちゃんと居るのだな。」
『そうだね。美央さまも君も、ここに居たんだ。そして、美央さまは笑っていたんだね。きっと、安曇様も。』
「うん。これが、その証明だ。」
深冬は嬉しげにオカリナをかざす。


『ふふ。安曇様、どんな顔をするかな。』
「父様は、意外と涙もろいからな。泣くのではないか?」
『あはは。そうかも。それから、安曇様のオカリナ、聞かせてもらおうね。』
「ふふ。そうだな。」


『それにしても、あのお爺さん、僕らが誰だか知ったら、驚くんだろうなぁ。』
「そうだろうな。きっと腰を抜かす。」
『あはは。安曇様もこの桜の名前が美央だと知ったら驚くのだろうね。』
青藍は楽しげに言う。


「ふふ。驚いてから、母様を思い出して泣くのだろう。それで、ここに建てる石碑を見て、私たちの仕業だと気付くのだ。それから、笑う。」
『うん。それで、あのお爺さんと顔を合わせてしまったりするのだろうね。お爺さんから、美央さまの話を聞いてまた泣くんだ。』


「そうだな。でも、やっぱり、その後笑うだろう。きっと、今の父様なら、笑うことが出来る。父様は、もう一人じゃないからな。私も、青藍も、他にもたくさんの人が、父様の周りには居るのだから。」
『そうだね。・・・僕らもそろそろ帰ろうか。』
青藍は立ち上がって深冬に手を差し出す。
深冬はその手を取って立ち上がった。


『もしかすると、まだ邸に安曇様がいらっしゃるかもしれないよ。』
「うん。父様、吹いてくれるかなぁ。」
オカリナを手にしながら、深冬は楽しげに言う。
『深冬がお願いすれば、きっと吹いてくれるよ。』
手を繋いで歩き出しながら、青藍も楽しげに言った。


「ふふ。楽しみだ。」
『僕も。』
二人はそう言って笑いながら、邸へと帰ったのだった。
その後、その高台に石碑が建てられた。
それを見た翁が、二人の予想通り腰を抜かしたのは、また別の話である。

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