色彩
■ 18.翁

『・・・美央さま。深冬のお母様。そして、安曇様が愛した方。僕は、朽木青藍。貴方が愛したものを僕が守りましょう。どうか、僕らを見守っていてください。』
苗を植えて、暫く二人でそれを見つめてから、青藍はそう言った。


『貴方の娘は僕が守ります。一生をかけて愛しましょう。深冬を産み育て、守ってくださったこと感謝いたします。』
青藍はそう言ってその苗に深々と頭を下げた。
それを見て、深冬の瞳から涙が零れ落ちる。


「・・・わ、私は、今、青藍が、隣に居る。私の愛する人が。それで、青藍が、私と父様を親子にしてくれた。この幸せを、母様に伝えたかったのだ。ありがとう、母様。本当に、ありがとう。」
そう言って涙を流す深冬の手を青藍はそっと握る。


『ふふ。そのうち安曇様が来られるでしょうから、その時は笑ってあげてくださいね。』
「・・・そうだな。父様は寂しがりだから、母様が笑ってあげてくれ。」
二人がそう言って笑うと、風が吹いて、桜の苗が頷くように揺れたのだった。


「おや。今日は客人が居るらしい。」
二人が高台の上で話していると、そんな声が聞こえてきた。
翁の声である。
『あぁ、申し訳ない。貴方の場所でしたか?』
青藍たちはそう言って立ち上がろうとする。


「いや、そのまま。ここまで歩くのが儂の日課なのじゃ。」
翁はそう言って微笑む。
『そうでしたか。』
「これは・・・桜ですかな?」
植えられた苗木をまじまじと見つめて、翁は言う。
『えぇ。先ほど植えさせていただきました。』


「ほほ。そうかの。それは、嬉しいですなぁ。見ての通り、殺風景なものですから。」
翁は嬉しそうに言う。
『ふふ。この桜には、美央と名付けてあります。よろしければ、可愛がってあげてください。』


「美央・・・。」
翁は感慨深いようにいう。
「それに、その娘さん。・・・これも、何かの縁でしょうなぁ。」
その呟きに青藍と深冬は首を傾げる。


「儂は昔、医者などやっておりましての。娘さんと同じ色の子どもを取り上げたことがある。生きておれば、娘さんぐらいになっておるかのう。珍しい色だったので、よく覚えておる。」
翁の言葉に、二人は目を丸くした。


「その母の名が、美央じゃった。この辺で一番美しい女だと評判の美人でな。時折、これまた美しい男が美央さんを訪ねていたようだった。銀色の髪、紅色の瞳。身形からするに、きっと、儂らでは話すことすらできない、高貴なお方だったのだろうなぁ。」
懐かしむように、翁は言った。


「子が生まれて、美央さんは幸せそうにしていた。そうだ。ちょうど、ここから見える長屋にいたのじゃ。時折子供を抱いて、三人で歩いていた。じゃが・・・。」
翁はそこで言葉を切って目を伏せる。


「美央さんが亡くなって、それからその子も行方知れずじゃ。儂はちょうどその頃、ここには居なかったのでな。虚に襲われたとしか聞いておらぬが。しかし、それから男の方も見かけない。あの子は、一体、どうしたのだろうなぁ。美央さんとともに、虚に襲われたわけではないらしいのじゃが、どこかへ消えてしまったそうじゃ。・・・・・・いや、余計な話をしたな。年を取ると、これだから困る。」
翁は苦笑する。


「・・・その、その子どもの名は?」
深冬は呟くように問うた。
「名?確か・・・。」
翁は考え込む。
そして思い出したような顔をしてから口を開いた。


「みふゆ。・・・深冬じゃ。美央さんが嬉しそうに教えに来てくれた。音は美央さんが考えて、男が字を当てたと。雪深い冬に生まれたから、深冬だと。こちらまで笑顔になってしまうような笑みを浮かべて、説明してくれたのう。」
そう言う翁の顔に笑みが浮かぶ。


「そうか・・・。ちゃんと、ここに居たのだ・・・。」
深冬はそう呟く。
青藍はその背に手を当てる。
「あの子は今、幸せかのう・・・。どんな形であれ、笑っておるかのう・・・。」
心配そうに言った翁に、深冬は笑みを見せた。


「幸せです。とても。」
そう言って笑った深冬に、翁は目を丸くした。
「美央、さん・・・?」
翁はそう呟いてから、ゆるゆると首を横に振る。


「いや、違うな。・・・深冬さん、なのか?」
「はい。美央は私の母です。顔も覚えておりませんが、父がそう教えてくれました。私は、父と、母と、ここに居たのですね・・・。」
深冬の笑みに翁は涙を滲ませる。


「そうか。そうか・・・。あの子は、娘さんじゃったか・・・。生きておったのか・・・。こんなところで会えるとは・・・。」
そう言って翁は目元を拭う。
「幸せに、笑えておるのじゃな・・・。」
「はい。」
深冬はそう言って微笑む。

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