色彩
■ 17.行きたかった場所

翌朝。
青藍は深冬よりも先に目覚めた。
腕の中に彼女のぬくもりがあることを感じて、笑みを零す。
・・・やっと、君の全てが僕のものになった。
夢のようだ。


・・・夢じゃ、ないよね?
青藍はふと不安になって、昨夜、深冬に付けた所有印を確認する。
そこにははっきりと紅い花が咲いていた。
夢じゃない。
これは現実で、深冬は、本当に僕の妻なんだ。
それが幸せで、青藍は一人でくすくすと笑った。


青藍の笑い声が聞こえたのか、はたまた体の揺れを感じたのか、深冬はゆっくりと目を開ける。
目の前には青藍の鎖骨。
少し乱れた夜着から自分が付けた所有印が覗いていて、何だか恥ずかしくなる。
もぞもぞと動いて、それが隠れるように青藍の夜着を直した。


『深冬、起きた?』
「ん。せいらん。」
青藍に声を掛けられて、深冬は顔を上げる。
『おはよう。』
甘い瞳で、蕩けるような笑みとともに言われて、深冬は真っ赤になった。
「お、おはよう・・・。」
小さく呟くように言った深冬に、青藍はくすくすと笑う。


『体は、辛くない?』
「・・・うん。」
辛くは、ない。
辛くはないが、下肢に違和感があるのは否めない。
だが、動けないほどではなかった。


『そう。よかった。なるべく抑えて優しくしたけど、心配だったんだ。』
笑っている青藍に、深冬は恥ずかしくなる。
「だ、大丈夫だ・・・。」
それと同時にあることに気が付く。


一体、抑えて優しくしないとどうなるのだ・・・?
あれでも私は一杯いっぱいだったというのに。
そう考えて、深冬は青藍を見つめる。


『ん?どうかした?』
そう首を傾げる青藍の声も瞳も甘いが、昨日のような熱っぽさはない。
獣の様な雰囲気もない。
・・・この男は、一体どれだけのことを隠しているのだろう。
もし、それが表に出てきたら、私はどうなるのだろう。


・・・考えるのは怖いからやめておこう。
そう思う一方で、ほんの少し、それを見せてくれればいいという期待もあって、自分はどんな青藍でも好きなのだと思い知らされた。
それを見抜かれないように、深冬は首を横に振った。


「いや、なんでもない。」
『そ?じゃ、起きようか。今日もいい天気だよ。』
「あぁ。そうだな。」


着替えを済ませて、朝餉は二人で食べる。
どうやら皆が寝坊しているらしいということを清家から伝えられて、二人で笑う。
それから互いに耳飾りを付け合って、また二人でくすくすと笑う。
耳飾りが良く見えるように、青藍は左耳にだけ髪をかけて、深冬は緩くまとめて髪留めで留める。


深冬は髪を結いあげようとしたが、青藍がそれを止めたのだ。
首筋を晒されるのが嫌だったのと、昨夜付けた所有印が襟からちらちらと見え隠れするために。
それを指摘されて、深冬は赤くなりながら唇を尖らせた。
深冬に文句を言われながらも青藍は楽しげに笑っていて、深冬は、まぁいいか、と思ってしまう。
それで結局深冬も笑ってしまったのだった。


西流魂街十一地区。
二人はそこへと足を運んだ。
その中の長屋の一部屋。
そこがかつて安曇と美央が愛を育み、深冬が生まれてから三人で暮らした場所。


聞けば新しい住人が居るらしい。
それはある程度予想通りだったので、二人は長屋の見える高台に登る。
そして、許可を取って桜の苗を植えた。
その苗に美央と名付けて。
それが美央の墓の代わりである。


美央の墓はない。
安曇は彼女の墓を造らなかったのだ。
いや、造れなかったという方が正しい。
墓を造れば、その場に立ち尽くしてただ涙することが解っていたから。
そこから離れられなくなることが解っていたから。


父様は、きっと、その内此処に来るだろう。
母様に会いに。
そしてこの桜を見つけて、この桜の名が美央だということに気が付いて、涙を流すだろう。


それから、それが私と青藍の仕業だと気が付いて、笑うだろう。
この桜は朽木家の桜で、流魂街に寄贈したと、この桜の名は美央であると、近く、石碑が建てられるのだから。


それでいい。
母様はきっと、父様に笑っていてほしいはずだから。
それから、私が笑っていることも望んでいるはずだ。
母様。
生んでくれて、ありがとうございます。
お蔭で私は、今、幸せです。

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