色彩
■ 15.君の全てを

「青藍様。深冬様がいらっしゃいました。」
佐奈が声を掛けると、中から青藍の声が聞こえる。
深冬の心臓はそれだけで飛び跳ねた。
佐奈は躊躇いなく襖をあけて、深冬に入るように促す。


『深冬。少し待ってね。その辺に座っていていいから。』
深冬が中に入ると、青藍は仕事をしているようだった。
文机に向かって書類に何か書き込んでいる。


「青藍様、何かご用はございますでしょうか?」
『いや、ないよ。下がっていい。・・・佐奈、今日もお疲れ様。』
「いえ。では、佐奈はこれで失礼いたします。ごゆるりとお休みくださいませ。」
『うん。お休み。』
青藍がそう言うと佐奈は襖を閉めて去っていく。


佐奈が去っても青藍は机に向かっているので、深冬はその場に静かに座った。
部屋には紙を捲る音と筆が紙の上を滑る音しか聞こえない。
しん、とした室内に、深冬は妙に緊張した。


青藍の気配が、いつもと違う。
青藍は、こんなに静かな気配だっただろうか。
いつもは柔らかくて温かな雰囲気なのに。
夜だから、だろうか。
夜着の上に羽織を肩にかけているだけのその背中を、深冬はぼんやりと見つめる。


この背が背負うものを、今日から私も背負うのだ。
この背中を私は支えるのだ。
今日から私は本当に、青藍の妻なのだ・・・。
深冬は改めて実感する。


『・・・よし。終わった。待たせてごめんね、深冬・・・って、何でそんなに端に居るの?』
仕事が終わったのか、青藍は深冬を振り向いた。
そして、深冬が部屋の隅に小さく座っているのを見て、目を丸くする。


「な、だ、それは、だな・・・。邪魔に、ならないように・・・。」
深冬はどもりながらいう。
そんな深冬に、青藍は苦笑した。


『そう緊張されると、僕まで緊張しちゃうじゃないか。・・・おいで、深冬。そんなところに居たら、風邪を引いてしまう。』
青藍に言われて、深冬はおずおずと青藍の傍に寄った。
そんな深冬に微笑んで、青藍は肩にかけていた羽織を深冬に掛ける。
その温かさに、深冬は少しほっとする。


「・・・ありがとう。」
深冬が呟くように言うと、青藍は微笑んだ。
『少し、僕の話を聞いてくれる?』
「うん。」


『ふふ。ありがとう。・・・僕ね、今日、本当に幸せだったんだ。父上や母上が嬉しそうで、安曇様が僕のことを息子と言ってくれたし、耳飾りもくれた。皆が僕らをお祝いしてくれたし、皆が笑っていた。そして、何より、君が、僕の隣に居る。これから先、君が隣に居るのだと思ったら、すごく、幸せだと思った。』
青藍は静かに言う。


『それで、君は、幸せだろうかって、考えていた。僕は君が隣に居るだけで幸せだけれど、君は、隣に居るのが僕で幸せなのかなって。』
そう言って青藍は目を伏せる。
それを見て、深冬は思わず青藍の手を握った。


『深冬?』
青藍は目を丸くして、深冬の顔を見る。
その表情は少し泣きそうだった。
「・・・私も、今日、幸せだった。青藍が、どれだけ愛されているのか、よく解って、私を愛してくれる人たちがいることも、よく解って。それで、青藍が幸せそうで、私まで幸せになったのだ。だから、私は、青藍が隣に居るだけで、幸せなのだ。」


『・・・そっか。良かったぁ。』
深冬の言葉を聞いて、青藍は安心したように微笑んだ。
力が抜けたような微笑みに、深冬まで力が抜ける。
『深冬、ありがとう。僕の妻になる道を選んでくれて、ありがとう。』


「お礼を言うのは、私の方だ。青藍、私を救ってくれて、私を選んでくれて、ありがとう。そばに居てくれて、ありがとう。」
深冬はそう言って微笑む。
青藍は堪らず深冬を抱きしめた。


『深冬、大好き。愛している。一生、愛するよ。』
青藍は深冬の耳元で囁くように言う。
その声が甘くて、深冬はぞくりとした。
「わ、私も大好きだ。青藍が、好きだ・・・。ずっと・・・。」


『・・・深冬が、欲しい。君の全部が欲しい。僕に、くれる?』
甘い声で、ねだるように、青藍は言う。


そんなの反則だ・・・。
深冬は内心で呟く。
そして、小さく頷いた。
それを感じ取ったのか、青藍は深冬を抱き上げて、布団の上へと運ぶ。


布団の上に降ろされて、見上げた青藍の瞳は真っ直ぐに自分を見ていて。
先ほど青藍が掛けてくれた羽織を肩から落とされる。
降ってきた唇は少し震えていて、青藍も緊張しているのだということに気付く。
自分に触れる指先は酷く優しくて、そこから愛情が伝わってくるようで。
青藍への愛しさが込み上げて、深冬は泣きそうになったのだった。

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