色彩
■ 15.呼び方

その日の夜。
月が高いところまで上ったころ。
青藍はなかなか寝付くことが出来ず、部屋を出た。
寒さに震えつつ、月を見上げながら縁を歩いていく。
すると、ある部屋に明かりが灯っていた。


普段は誰も使っていない、客間として使われている部屋。
そこから小さな笑い声が聞こえてくる。
その中に居るものが誰なのか、霊圧を探って、青藍はくすりと笑った。
声を掛けて中に入れば視線が向けられる。


その部屋の中に居たのは、朽木家の面々。
それから深冬、雪乃、睦月、師走。
入ってきた青藍を見て、皆がおかしそうに笑みを零した。
青藍もまた笑みを零す。


『皆で夜更かしですか?』
悪戯っぽく青藍は問う。
「ふふ。皆寝付けないのだ。」
咲夜が楽しげに答える。
『実は僕もです。仲間に入れてもらえません?』
「もちろん。」
咲夜が頷いたのを見て、青藍は深冬の隣に座った。


その輪の中央には酒樽が一つ。
それぞれの手には盃。
青藍にも同じ盃が渡される。
それを見て青藍は苦笑した。


『いつものあれですか。』
「あぁ。皆で語り合おう。」
『はい。』


いつものあれとは朽木家恒例行事となりつつある、本音大会である。
その場に居る者が本音を零していくのだ。
嘘だと指摘されたら盃の酒を呑み干さなければならない。
といっても、この場に居る面々は酒豪ばかりなので全員で一樽飲んだくらいでは酔うこともないだろうが。


『何について話しているのです?』
「今のところ、今日のことについてだ。さぁ、次は、橙晴だな。」
咲夜は楽しげに橙晴を見る。


「そうですねぇ・・・。今日の兄様を見て、僕は、まだまだだと思い知らされました。今日、あの場を支配していたのは間違いなく兄様です。兄様が表情を変えるだけであの場の空気まで一瞬で変わってしまった。正直、敵う気がしません。」
橙晴の言葉に皆が頷く。


「おや、白哉もそう思ったのか?」
「・・・あぁ。そう思って、力が抜けた。私は、もう当主ではないのだと。私の当主としての役目はもう終わったのだと。」
白哉は苦笑する。


『ふふ。父上、長年の当主としてのお勤め、お疲れ様でした。本当に、長く長くお待たせしてしまいましたね。』
青藍は苦笑する。
「本当に、長かったな・・・。」
溜め息を吐くように白哉は言う。


「そうだな・・・。白哉は本当によく頑張った。私は、君を支えることが出来ていたか?」
「あぁ。そなたが居なければ、私はこれほど待つことが出来なかっただろう。今日の青藍の姿を見て、私は、なんと幸せなのだろうと、改めて思った。」
「私もだ。」


「私と共に歩んでくれたこと、礼を言うぞ、咲夜。そして、この先も、私と共に。」
白哉はそう言って柔らかく微笑む。
「もちろんだ。」
そう頷いて、咲夜もまた微笑んだ。


「ご当主がそんなことを言うなんて、珍しいですねぇ。」
睦月が面白そうに白哉を見つめながら言った。
「睦月、私はもう当主ではないぞ。」
そんな睦月に、白哉は困ったように言う。


「あ、そうでした。」
「ふふ。睦月は昔から白哉の名前を呼ばないな。それは、何故なのだ?」
「・・・それは、ご当主の名を呼ぶなど恐れ多いからでしょう。」
『「「「睦月、それは嘘。」」」』
睦月の言葉に、青藍、橙晴、茶羅、咲夜がそう突っ込む。
それを聞いて拗ねたように睦月は盃を乾した。


「・・・それで、本当のところはどうなの?」
橙晴が興味津々といった様子で睦月に問う。
他の皆も睦月に注目した。
「それ、は・・・ですね・・・。」
言いながら睦月は視線を泳がせる。
「それは?」


「・・・・・・ご当主の名を呼んだら、本当に朽木家から離れられなくなるじゃないですか・・・。ここは、居心地が良すぎて、俺は、未だに夢でも見ているんじゃないかと思う。ご当主は、俺に、そんな場所を与えてくれた。きっかけは何であれ、俺を守ってくれています。その庇護がなくなっても一人で立っていられるように、俺には、距離感が必要なんです。名前を呼んだら近くなってしまう。」
睦月は困ったように言う。
そんな睦月に白哉は小さく笑った。

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