■ 38.暖かな右手
さらに翌日。
青藍の意識が浮上する。
瞼を開けるとどこかの天井が見えた。
此処は、救護詰所だ・・・。
そうだった。
僕、怪我をして・・・血が流れて・・・それで・・・深冬が泣いていた気がする・・・。
それから烈先生の顔も見たような・・・。
ぼんやりとそんなことを考えて、あることに気が付く。
右手が温かい。
そう感じて、視線を向けると、そこにはベッドに突っ伏した深冬の姿があった。
青藍の右手を握りしめて眠っている。
あぁ、そうだ。
君はずっと僕の名前を呼んで、手を握っていてくれた。
魘されながら聞いた声と、感じた手の感触は夢ではなかったらしい。
青藍は小さく微笑む。
そして、握られた手を握り返す。
『・・・みふゆ。』
小さく、名前を呼んでみる。
掠れた声に内心苦笑した。
深冬に何か掛けてあげようと体を動かそうとするが、どうやらまだ動けないらしい。
手を握り返すことしか出来なかった。
誰か、来てくれないと、深冬が風邪を引いてしまう・・・。
そう思っていると、病室に誰かが入ってきた気配がした。
顔を覗き込まれて、それが誰だか判明する。
「あら、青藍。目が覚めたのね。」
『ゆきの。』
「意識は正常なようね。熱も下がっているし。傷口の腫れも引いてきたわ。左手は動かせる?私の手を握ってみて。」
周りの計器を確認しながら、雪乃はてきぱきと青藍を診察する。
雪乃に左手を掬い上げられて、青藍は左手に力を入れてみる。
「問題なさそうね。もう放していいわよ。」
『・・・ぼくは、どのくらい、眠っていたの? 』
「あの日から今日で五日目よ。その間、深冬はずっとここに居たんだから。」
『やっぱりそうか。・・・心配かけて、ごめん。』
青藍は苦笑する。
「それは深冬に言いなさい。」
『うん。・・・雪乃、深冬に、何か掛けてあげて。僕、体が重くて、動けないんだ。あと、なんか寒い。』
「解ったわ。まだ血が足らないのね。」
『そういえば、たくさん血が出ていた気がする。』
「全く、運ばれてきたとき、真っ青でもう死んでいるのかと思ったんだから。今だって十分青い顔しているわよ。咲夜さんの速さがなければ間に合わなかったかもしれないのよ?咲夜さんと白刃が二人で運び込んできたんだから!」
雪乃が呆れたように言う。
『あはは・・・。』
「暫くは安静にしていなさいよ。」
『うん。流石に動けないから、大人しくしているよ。』
「じゃ、咲夜さんたちに連絡してくるわ。深冬に何か掛けるものも持ってくるわね。」
『うん。お願い。』
暫くすると、咲夜と睦月を連れて再び雪乃が現れる。
雪乃は持ってきた毛布を深冬にかけた。
「青藍。」
咲夜はそう名前を呼びながら、青藍の頬に手を当てる。
『母上。』
「無事で何よりだ。よく頑張ったな。」
『あの時、母上が来てくれたお蔭です。』
青藍は小さく微笑む。
「私だけではない。虚の毒を解毒したのは睦月だし、君の内臓を縫合したのは烈さんだ。お蔭で君は十二番隊に送られなくて済んだのだぞ。」
『睦月も、ありがと。』
「礼なんかいらないっての。」
「それから、深冬がずっとそばで看病していたのだ。」
そういいながら咲夜は深冬の頭を撫でる。
『はい。』
「そいつ、ここ数日殆ど眠らずにいたんだぞ。お前が魘されればずっと名前を呼んで、手を握っていた。」
『うん。夢現だったけど、そんな感じはあった。』
「ついでにそんな弱った君を攫おうとここに侵入してきた数人が捕まった。全く、何処で聞き及んだのやら。深冬が気付かなかったら危なかったぞ。」
咲夜は呆れたように言う。
『あはは・・・。それは、ぞっとしますね・・・。』
「お蔭で俺も師走も、寝ずの番だったっての。お前は寝ているだけでも俺たちを巻き込むのか。困った奴だ。」
「そのようですね。私だって夜勤の時睦月さんと一緒に青藍の警護をしたのよ?」
『うん。ありがとう。』
そんなことを言いつつも困ったように微笑んでいる二人を見て、青藍は微笑む。
「で、お前、なんか口に入れられそうか?」
『うん。結構お腹は空いているかな。』
「よし。じゃあ、俺は一度朽木家に行って何か頼んでくる。」
「頼んだぞ、睦月。」
「あぁ。それを食べたら、お前には特別苦い薬を飲んでもらうからな。」
『えぇ・・・。それは、勘弁してよ・・・。』
「自業自得だ。覚悟しておけ。」
そう言って睦月は病室から出ていった。
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