色彩
■ 30.普通の男

『貴方は、聡い方だ。私の言っていることが、解りますね?』
「はい・・・。」


『それに、深冬は、貴方から加賀美殿も、豪紀殿も、奪ってなどおりません。加賀美殿を見ていればすぐに解るはずです。貴方を大切にしていることが。妻である貴方が、それを見ないでどうするのですか?深冬に嫉妬をするくらいです。加賀美殿を愛しておられるのでしょう?』
八重は小さく頷く。


『豪紀殿も、貴方を思って、今日、貴方が何か事を起こすかもしれないと、私に知らせてくれたのです。それを止めて欲しいと。自分では止められないのだと。自分は無力だと言いながら。』
八重はその言葉に、涙を流し始めた。


『貴方と、加賀美家を思って、私に話してくれたのです。これは、貴方を守りたかったからではありませんか?』
青藍は静かに問う。
「そんな、ことを・・・。」


『それでも、これ以上、私と深冬の婚約に手を出すようならば、私はあらゆる手を使います。私は、貴方の言うとおり化け物です。ですから、貴方を始め、加賀美家を食らうことなど簡単です。でも、私は、そんなことはしたくありません。私情で貴方方の人生を奪うなど、それこそ化け物になってしまいますから。』
そう言って青藍は目を伏せる。
そんな青藍を見て、八重は目を見開いた。


「私情・・・?では、青藍様は・・・。」
『はい。この婚約は私の我が儘です。』
「そう、だったの、ですね・・・。」
力が抜けたように、八重は呟いた。


『自分でも驚くのですが。戸惑いも、もちろんあります。』
青藍はそう言って目を伏せる。
『彼女は、まだ幼い。格好悪いことに、自分の気持ちすら伝えられていない。狡いことをしている自覚もあります。でも、そうだと、思ってしまった。加賀美殿を愛している貴女にならば、きっとこの気持ちも解るでしょう。』
「えぇ・・・。」


『私には、彼女が必要なのです。だから、彼女を傍に置くことだけは、許していただきたい。私は、この婚約を、望まれたものにしたい。八重殿に、認めて頂きたいのです。今後のためにも。』
青藍は懇願するように八重を見つめる。


この方は、自分を化け物といいながら、こんなに普通の男の顔をするのか。
何処から見ても、この顔は愛に苦しむ男の顔だ。
愛を欲する、ただの男だ。
恋する男の瞳だ。
先ほどまでの柔らかな雰囲気など、嘘のようだ。
この方は、決して穏やかな方ではないのだ。


あの微笑みの裏に、これだけの感情を隠しているなんて・・・。
こんな顔を見せられて、この方から深冬を離すことなど出来るわけがない・・・。
それがどれほど苦しいことなのか、よく解っているのだから。
私は、その苦しみを深冬にぶつけていただけなのだ。
これでは、化け物は私の方だ・・・。


「・・・はい。私は、もう、何も致しません。まだ、それを祝福することは、難しいですが、いずれ、深冬にも、祝福の言葉を、送りたいと思います。」
『はい。それで構いません。・・・よかった。』
青藍はそう言ってふわりと笑う。


『さて、それでは、引き続き茶会をお楽しみくださいませ。・・・そうそう。先ほどは母共々驚かすような真似をして申し訳ありませんでした。まぁ、あれがなくとも我が朽木家は化け物揃いですが。』
「え?」
苦笑しながら瞳を指さす青藍に、八重はポカンとする。


『あれは手品のようなものです。種明かしはいたしませんが。・・・ほら、母上も謝られてはどうですか?母上のあれは私でも怖いのですから。』
「ふふ。申し訳ありませんでした、八重様。少々悪戯のつもりだったのですがとても驚かせてしまったようです。」
咲夜はそう言ってにっこりと微笑む。


「そ、れは・・・え?では、私は・・・。」
「大切な息子のために一芝居うってみたのですが、功を奏したようで何よりです。青藍の本音も聞くことが出来ましたからね。白哉様もそうでございましょう?」
咲夜はにこにこと楽しげに言う。


「私は最初から知っていた。青藍から直接聞いたからな。」
「白哉様ったら、狡うございます。」
しれっといった白哉に咲夜は頬を膨らます。
「そう膨れるな。それより・・・もうその紅はいらぬだろう。私はありのままの方がいい。」


『ふふ。私もそう思います。母上、綺麗すぎて怖いので。』
「あら、失礼ですこと。せっかく時間をかけて準備いたしましたのに。」
彼等のそんな会話を見て、八重は小さく笑ったのだった。
これでは敵うはずがないのだ、と。

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