色彩
■ 19.父親の役割

さらに一週間ほど後。
非番の青藍が邸で日向ぼっこをしていると、ある気配が現れる。
「・・・青藍。」
そして低い声で青藍の名を呼んだ。
『あ、安曇様。お久しぶりです。』
「あぁ。そうだな。」


『・・・どうしたのですか?何やらやつれていらっしゃいますが。』
安曇の美しい顔にはくっきりとした隈ができ、歩き方はよろよろとしている。
まるで幽霊のようだ。
昼間でなければ、情けなくも悲鳴を上げていたことだろう。
青藍は内心苦笑する。


「・・・ちょっと、仕事をしてきたのだ。そのおかげで三日ほど眠っていない。」
言いながら安曇は青藍の隣に座る。
『それはお疲れ様です。』
疲れ切った様子に青藍は苦笑する。


「十五夜め・・・。後で殺す。」
そんな物騒なことを呟きながら、安曇は運ばれてきた菓子に手を伸ばす。
『あはは・・・。十五夜様のお手伝いをしてこられたので?』
「そうだ。あの糞爺が、余計な仕事を引き受けるせいで、私の仕事まで増えたのだ。儀式というものは体力を使うのだぞ。だから私は日常の仕事には関わらないというのに・・・。」


『それは、なんというか、申し訳ありません。』
唸るように言う安曇に青藍は軽く頭を下げる。
「・・・はぁ。そなたに言っても詮無いことだ。ところで、深冬と婚約したというのは本当か?」
安曇は次々と菓子に手を伸ばしながら言う。


『はい。深冬は僕の婚約者になりました。』
青藍はそう言って微笑む。
「それはどういう意図があってのことだ?」
そんな青藍に横目でちらりと視線を向けながら、安曇は言った。


『深冬を守るためですよ。この間、深冬が見合いに行ったら、そのまま攫おうとした輩が居りまして。深冬を利用するためでなかったとは言え、深冬には怖い思いをさせてしまったのです。』
「ほう?そんな不届き者がおるのか。それは私が成敗してくれる。」
安曇はそう言って殺気立つ。


『あはは。まぁ、落ち着いてください。彼は既に痛い目に遭わせておきましたから。もう深冬の前に姿を見せることもないと思われます。』
「・・・そうか。深冬は大丈夫なのか?」
青藍の言葉に、安曇は殺気を収める。


『えぇ。父上も母上も、橙晴も茶羅も、ルキア姉さまも。皆が深冬を心配して早く帰ってきたのです。落ち着くまでは僕にべったりでしたが、それを聞いて安心したようです。他にも十四郎殿や春水殿、睦月に師走さんも、その日のうちに深冬の様子を見に来てくれました。』
青藍は穏やかに言った。


「そうか。それならばよいのだ。」
それを聞いて安曇は力を抜く。
「また、間に合わなかったのかと、思った・・・。私では、守れぬ・・・。」
安曇は悔しげに湯呑の中を見つめる。


『そんなことはありません。深冬は安曇様と一緒に居る時間を大切にしていますからね。安曇様と出かけて帰ってくると、安曇様とあれをした、これをした、何を食べた、といろいろ話してくれるのですよ。』
青藍はそう言って微笑む。
「だが、私はいつもそばに居て守ることは出来ぬ。あれの父親なのに・・・。」


『そばに居て守ることだけが、父親の仕事ではありませんよ。僕と父上だってそうでした。でも、僕は、父上の存在に、何度も守られました。心も、体も。・・・深冬は、血のつながった家族が居るということが、とても心強いのだと思います。言っていたでしょう?私はもう一人ではないのだ、と。』
「だが・・・。」


『遠くに居ても、ちゃんと繋がっているものです。それに、貴方は深冬を守るために、多くのものを犠牲にしたのでしょう?一族を統べる地位に辿り着くまでには様々な困難があったと推察しますが。』
「それは、そうだが・・・。」
そこまで言って、安曇は俯く。


『安曇様の手で守りたいと思うのは当然のことなのでしょう。ですが、一人で守る必要はありません。僕らは貴方に手を貸します。貴方の手足となって、深冬を守りましょう。』
「・・・それは、迷惑ではないのか?私は、自分が厄介な存在だとよく解っている。私の血を引く深冬もまた、厄介な存在ではないのか?」
安曇は不安げに青藍を見る。


『ふふ。そうでもありませんよ。霊妃様や母上に比べれば、大したことはありません。僕は・・・朽木家の者は、すでに深冬を家族のように思っていますし。家族のために何かするのは当然のことです。もちろん、安曇様もですよ。』
青藍の言葉に、安曇は泣きそうな表情になる。
「・・・そうか。」

[ prev / next ]
top
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -