色彩
■ お姫様の憂鬱

「今日もいい天気だねぇ。」
京楽は屋根の上で酒を呑みながら呟く。
雲一つない晴れ渡る空。
暑くもなく寒くもない爽やかな気候。
まさにサボり日和。
自然と鼻歌まで出てきてしまう。


「・・・あら。春水さん。またサボっていらっしゃるのね。」
呆れた声とともに、ふわりと何者かが降ってくる。
たん、と軽い音を立てて、京楽の目の前に着地した。
風になびく髪は金色。
その瞳は、雲一つない青空をそのまま瞳にしたような、どこまでも澄んだ空色。


「茶羅じゃない。・・・そっちこそ、また護衛を撒いて来ちゃったの?」
「私よりも遅いのが悪いのよ。睦月が居ないと本当に駄目な護衛なのだから。」
「困ったお姫様だねぇ。」
「春水さんが居れば、護衛なんかいらないわ。」
屈託なく言われて、思わず苦笑する。


「それは、もちろん、そうなのだけれども。」
「あら、睦月や父上のお小言が嫌?それとも、私がお酌をするのでは不満かしら?」
「まさか。こんなに可愛くてきれいな子にお酌をしてもらえるなんて、光栄さ。」
「よかった。それじゃあ、暫くここに居させてくださいね、春水さん。」


何か、あったのかな?
膝を抱えて隣に座り込んだ茶羅をちらりと横目で見つめる。
両親に似た整った横顔。
表情はいつも通りのように見えるが、その瞳はどこか憂いを帯びていた。
本当は一人きりになりたいのだ、と京楽は内心で呟く。


でも、彼女は朽木家の姫で。
その立場が、彼女を本当に一人きりにすることを許さない。
彼女は何よりも、自分が朽木家の姫であることを自覚している。
青藍や橙晴たちがそうであるように。
だから、僕のところに来たのかなぁ。
京楽はそう思いながら盃を干す。
それを見た茶羅は、当然のようにお酌をした。


「・・・ねぇ、春水さん。」
暫く無言で酒を呑んでいると、茶羅が口を開く。
「んー?」
「・・・・・・姫というのは、窮屈ね。」
小さな呟きは、弱弱しい。


「そうだねぇ。」
「さっきね、私、告白されたのよ。ある貴族の次期当主に。」
茶羅の言葉に、京楽は内心で小さく動揺する。
・・・朽木隊長にそれを報告したら、過保護だろうか。
「父上たちには内緒よ?」
内心の呟きを聞いたように釘を刺されて、京楽は苦笑する。


「あはは。うん。どんな返事をしたのか、聞いても?」
「断ったわ。」
即答されて、内心で胸を撫で下ろす。
「私は、私のことを朽木家の姫、という物差しで測らない人が良いって言ったの。あの人、私が欲しいというよりは、朽木家との繋がりが欲しいみたいだったから。全く、失礼しちゃうわよね。」


「こんなに可愛い茶羅を捕まえて、朽木家との繋がりを求めるとはねぇ。僕だったら、攫っちゃうけどなぁ。」
悪戯に言えば、茶羅はくすくすと笑う。
「ふふ。春水さんたら。」
「本当だよ?まぁ、朽木隊長たちにすぐに探し出されてしまいそうだけれど。」


「そうですわね。・・・でも、それだけの愛情を注がれているって、稀なことなのね。」
茶羅はそう言って目を伏せる。
「何か言われたのかい?」
「大人しくしていた方が身のためですよ、ですって。朽木家の姫であっても、貴女は何の力も持たない。他の家に嫁がされれば、その家に囚われるしかない。父君や兄君に見捨てられればそれまでだ、と。・・・そう言われて、私、反論できなかった。実際、私は無力だもの。」


悔しげに言ったその横顔は、彼女の母によく似ている。
綺麗だなぁ、といつも思う。
でもやっぱり、可愛くて仕方がないのだ。
そして、出来ることならば、そんな顔をせずに、笑ってほしい。
娘のような存在なのだから。


「・・・・・・その人、よっぽど見る目がなかったんだねぇ。」
「え?」
首を傾げた茶羅に手を伸ばして、その頭を撫でる。
「だって、みんなに愛されている茶羅は、無力なんかじゃないのに。誰かに愛されるというのは、誰かを愛する人にしか、出来ないんだよ。それは、凄いことなんだよ。」


「春水さん・・・。」
「茶羅が笑えば、皆が嬉しい。皆が力を貰う。君は決して、無力なんかじゃない。僕が保証するよ。」
「本当に?」
「うん。」


茶羅が、茶羅たちが、笑っていることがどれほど嬉しいことか、きっと彼らには解らないのだろう。
咲ちゃんを母親にしてくれた君たちにどれほど感謝していることか。
母親である咲ちゃんを見ると、未だに涙が滲みそうになるのは、内緒だ。
己の運命に立ち向かおうとするその姿は、誰よりも美しくて、誰よりも力になりたいと思わせる。
それのどこが無力だというのだろう。


「でも、私、春水さんたちにも守られてばかりだわ。」
「僕や浮竹はね、朽木隊長と咲ちゃんの子どもだから、という理由もあるけれど、何より僕ら自身が茶羅のことを見守りたいと思っているんだよ。そう思わせたのは、君だ。人の心を動かすことが出来るというのは、才能だよ。君は、僕や浮竹、卯ノ花隊長、それから山じい。他にもたくさんの人の心を動かしている。・・・ね、凄いでしょ?」


「・・・ふふ。そうですわね。確かに、凄いわ。」
「でしょ?だからねぇ、そんなに焦らなくても、良いんだよ。君がどこかに嫁がされるのだって、いつになることやら・・・。何せ、少なくとも朽木隊長と青藍と橙晴の三人が相手の男を認めないといけないんだから。彼らは君の意思を尊重するだろうしね。」


それでもいつかは彼女は僕らの手元を離れていくのだろう。
その日を想うと、嬉しいような、悲しいような。
いや、凄く寂しい。
僕らの大切なお姫様だから。
浮竹なんか、泣くんだろうなぁ。


「・・・春水さん。」
「んー?」
「・・・ありがとう。私、春水さんのことも大好きよ。春水さんって、体だけじゃなくて心も大きいのね。なんだか安心したわ。」
向けられた笑みが、眩しい。


「随分と長く生きているからね。」
「それだけではないと思うけれど。春水さんは元々優しいのよ。優しすぎるくらいに。だから、時々頼りたくなってしまうし、甘えたくなってしまうの。」
「茶羅が相手ならいつでも大歓迎だよ。僕はいつだって君の味方だからね。」


いつかきっと。
この子は大きく羽ばたくだろう。
誰よりも力強く、誰よりも輝いて。
それは寂しいことだけれど、その姿を見たくて仕方ないのだ。
そう思わせるほどの魅力が、この子にはある。
でもやっぱり、その時を思うと寂しくて、京楽は複雑な気分になるのだった。



2016.09.01
珍しく弱気な茶羅。
京楽さんは父親気分なのでちょっと複雑な心境。
でもこの後茶羅に余計なことを言った男を探し出して脅すくらいのことはしそうです。


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