色彩
■ 34.微笑み

「青藍様、深冬様のお着替えが終わりましてございます。」
青藍が落ち着いた頃、佐奈がそう言って深冬を連れてくる。
『うん。ありがとう。佐奈も清家も下がっていいよ。』
青藍が言うと二人は一礼してその場から静かに去っていく。


そんな二人を見送って、青藍は深冬に視線を移す。
深冬は所在なさげにそこに立ち尽くしていた。
それを見て、青藍は内心苦笑する。


僕は、こんなに小さな子が、愛しいんだ。
可愛くて仕方がないんだ。
僕自身が、この子を求めているから、僕は、自分からこの子に触れることが出来るのだ。
気が付いてしまえば、今まで何故気が付かなかったのか、不思議だった。


そんな自分に戸惑いがない訳ではない。
相手はまだ小さな女の子なのだから。
でも、たぶん、これは・・・。
この子が大きくなれば、僕はためらいなく、この子を攫うだろう。
そんな予感が、する。


今だって、邸に閉じ込めてしまいそうだ。
僕以外の男を見ないように、これから先あらゆる手を使うのだろう。
こんな僕が相手では、深冬は幸せにはなれないかもしれない。
僕に捕まるなんて、深冬は不幸だ。
だけど、もう、手放すことは、出来ないかもしれない・・・。


僕はもう、この子だと、思ってしまった。
何か大きな力に引き寄せられるように、心が深冬を求める。
これが恋というものなのか。
そうだとしたら、なるほど恋とは恐ろしいと、彼女を欲する己の心に苦笑した。


『おいで、深冬。』
そう言って青藍が手招きをすると、深冬は少しためらってから、青藍の元へ寄ってきた。
青藍は膝をついて深冬と目線を合わせる。
『さて、何をしようか。急に時間が空いたから、僕は何をしたらいいのか、解らないのだけれど、深冬は、何かやりたいことがあるかい?』
青藍はいつもと同じように言う。


「・・・特に、ない。」
深冬は少し考えてから、小さく言う。
『そっか。じゃあ、とりあえず、お茶を飲んで、お菓子を食べて、のんびりしようか。それで眠くなったらお昼寝だ!』
悪戯に笑って青藍は言う。
そんな青藍を見て、深冬は瞳を和らげる。


「それでは、いつもと同じだ。」
呆れた口調とは裏腹に、深冬の表情は柔らかい。
『あはは。そうだね。でも、いつもと同じが一番じゃない?平和な証拠だよ。今日は天気もいいから夜はきっと星が綺麗だよ。』
そんな深冬に微笑みながら、青藍は言った。
「あぁ。」


『それから、今日は皆邸に帰ってくるから、一緒にご飯も食べよう。』
「私も、一緒でいいのか?」
青藍の言葉に、深冬は首を傾げる。
『もちろん。深冬が良ければだけれど。』


「でも・・・私は、・・・。」
青藍の答えに、深冬は迷ったように言う。
きっとまだ、不安なのだろう。
今日のこともある上に、血の繋がらない自分が、一家団欒に参加してもいいのだろうか、と。


『深冬。大丈夫だよ。さっきも言ったけど、ここは朽木家だ。朽木家は君を大切に思っているよ。君はもう、朽木家の一員だよ。父上も母上もルキア姉さまも君を可愛く思っているし、僕も橙晴も茶羅も、君のことが好きだよ。何も、怖がらなくていいんだ。』
青藍は深冬の頭を撫でながら、言い聞かせるように言う。


「本当に?」
深冬は小さく呟くように言って、不安げに青藍を見る。
『うん。本当だよ。今の僕は嘘をついているように見えるかい?』
そう言った青藍を深冬はじっと見つめる。


「・・・見えない。」
暫く見つめて、深冬はそう答える。
『そう。それは良かった。ここで嘘つきだと言われたら、どうしようかと思ったよ。』
青藍は安心したように微笑む。


「青藍は、邸の中では嘘を吐かない。」
『ふふふ。だって、家族に嘘を吐いたって見破られてしまうもの。父上も母上もルキア姉さまも、橙晴も茶羅も、皆鋭いんだから。もちろん、深冬もね。』
「私も?」


『うん。僕のことを優しくないとか、嘘つきだとか、君は悉く見破ってくれたからね。それでも君は僕から離れては行かなかった。僕はそれが嬉しいんだよ。優しくない僕でも、君は僕のそばに居てくれるのだから。』
青藍はそう言ってにっこりと笑う。


「・・・それは、私の方だ。」
『え?』
「青藍は、始めから私を怖がらなかった。私の頭を撫でてくれるし、抱きしめてくれる。いつもいつも、私を助けてくれる。私は、私の生まれを知っても、青藍がそばに居てくれることが嬉しい。今日も、助けられた。・・・ありがとう。」
深冬はそう言って小さく、本当に小さく、微笑んだ。

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