■ 4.綺麗な涙
『僕のことを悪く・・・?』
「私を傍に置いておくなど、青藍は趣味が悪いと。」
『それは・・・どちらかと言えば君への悪口のような・・・。』
「そうだ!でも、私のせいで、青藍が悪く言われるのは、嫌だった・・・。」
呟くように言った深冬の言葉に、青藍はポカンとした。
そしてその言葉の意味に気が付くと、じわじわと何かが込み上げてくる。
それを隠すように、深冬を抱きしめた。
「わ!青藍?」
そんな青藍の腕の中で深冬は戸惑う。
『じゃあ、深冬は、僕のために、怒ったの・・・?』
深冬の髪に顔を埋めるようにして青藍は言った。
「そうだ。青藍のことを何も知らないのに、青藍を悪く言った。」
深冬は不満げに言う。
『ふふ。深冬は優しいなぁ。』
「・・・優しい?」
『うん。僕が悪く言われて、嫌な思いをすると思ったから、怒ってくれたのではないの?』
言われて、深冬は頷く。
『それは君が、僕を大切に思ってくれているということ?僕は、そう思ってもいいの?』
大切?
深冬は考える。
青藍は、変な奴だ。
意地悪をするし、優しくはない。
でも、その手は大きくて、その腕の中はあったかくて、優しい。
私のことをからかうけれど、私が本当に嫌がることはしない。
いつも知らないうちに青藍に助けられている。
私はそんな青藍が、嫌いじゃない。
そして何より、青藍は私を私として扱ってくれる。
それが、嬉しくて、名を呼ばれると、自分が自分で居られる気がして・・・。
それを思い出すと、八重様に辛く当たられても頑張ることが出来た・・・。
『深冬?』
考え込んだ深冬の気配を感じて、青藍は腕を緩めて深冬の瞳を覗き込んだ。
「私は、青藍が、大切、だ・・・。」
言葉にしたら、それが真実な気がした。
じわり、と深冬の心を何かが満たす。
それがあったかくて、優しくて、柔らかくて。
「私は青藍を大切に思っているらしい・・・。」
確かめるように深冬は言う。
それを見て、青藍は微笑んだ。
『そっか。僕も深冬が大切だよ。僕のために怒ってくれて、ありがとう。君が、僕をそう思ってくれて、僕は、とても嬉しい。』
その微笑を見て、何かが込み上げて、頬を何かが伝った気がした。
深冬の瞳から、大きな涙が流れ落ちた。
その様子が、言葉を失うほど、綺麗で。
青藍は思わずそれに見とれる。
相変わらずの無表情で、ただその瞳から涙が流れ落ちる。
それが頬を伝って、青藍の着物に落ちたところで青藍は漸く理解する。
深冬が、泣いている・・・。
・・・・・・え?
な、何で泣いているの!?
焦りながらも、青藍は慌てて自分の着物の袖で流れ続ける涙をぬぐう。
『深冬?どうして泣いているの・・・?』
涙を優しく拭いながら、青藍は問う。
「・・・解らない。でも、止まらない。」
青藍に言われて気が付いたというように、深冬は言った。
「涙とはどうやったら止められる?」
困ったように言う深冬に青藍は笑みを零した。
『無理に止めなくていい。泣きたいときは泣いていいんだよ。』
「そうか・・・。」
深冬はほっとしたようにそう言うと、ゆっくりと青藍の胸にその額をくっつけた。
そんな深冬に驚きながらも、青藍は彼女を抱きしめる。
そして、彼女が泣き止むまで、そのままでいたのだった。
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