色彩
■ 24.ご褒美

「・・・だ、橙晴の鬼―!!」
現世での出来事から数日後。
授業を受けていた深冬の耳にそんな叫び声が聞こえてきた。
隣の特進クラスから。
黒板に何やら書いていた教師は、一瞬動きを止めてから、何事もなかったように授業を進める。


周りの院生たちを見れば、呆れと、羨望と、少しの憎悪がその表情に浮かんでいる。
深冬もまた、その声に覚えがあった。
その声の主は、久世紫庵。
橙晴の友人で、六回生の次席である。


優秀ではあるが、下級貴族出身故に、橙晴の傍にいると何かと絡まれる奴。
深冬はその程度の認識しかしていない。
しかし、彼の叫びが響くのは日常茶飯事なので、いい加減名前と顔を覚えてしまったのだ。
久世も、大変だな・・・。
深冬は他人事のように内心で呟いて、窓の外を見上げる。


ふ、と視界が暗くなって、目の前に漆黒の裾がはためいた。
死覇装・・・。
覚えのあるその着物に、深冬は視線を上げる。
「!?」
見上げた先に見えたのは、男にしておくには勿体ないほどの、綺麗な顔。
右目は青空の青色で、左目は夜空の藍色。


視線が合えば、ふ、と、その瞳が緩んで、それから花が綻ぶような笑みが向けられた。
あ、け、て。
窓を指さして、青藍はそう言った。
ガタン、と、音を立てて、深冬はすぐに窓を開ける。
此方に視線を向けた教師とクラスメイトが、目を丸くして動きを止めたのが解った。


『やぁ。授業中、失礼するよ。この時間にしか、抜けてくることが出来なくてね。』
動きを止めている皆を余所に、青藍は優雅に窓を潜り抜けて教室に着地する。
『ふぅん。上級鬼道の講義なんだね。座学で知識として頭に入れておくだけで、実技はない。まぁ、仕方ないけど。暴発されたら困るし。』


「せ、青藍・・・様。」
黒板を興味深そうに眺めている青藍に、深冬は恐る恐る声を掛ける。
『様?』
人前だから様を付けたのに、青藍はそれが気に入らなかったらしい。
微笑みながら、深冬姫と呼んであげようか?と、その瞳が言っている。


「・・・・・・青藍。」
『うん。なぁに?』
満足そうに微笑んで、青藍は小首をかしげる。
「な、何は、こちらの、科白だ・・・。」
『あぁ、そうだね。君に用があって。』


「私に?」
『うん。甘いものは好き?』
「好き、だが・・・。」
『よかった。それじゃ、はい。これ。』
青藍はそう言って懐から何かを取り出す。
深冬の手を取って、その手の上に置いた。


「これは・・・琥珀庵の、苺大福・・・?」
『うん。生クリーム入りの特注品。美味しいから、食べてね。』
「・・・何故?」
『この間の現世実習の引率を頑張ったご褒美。』


「は・・・?」
『破面の攻撃に耐えたからね。お蔭で僕は間に合って、怪我人は居たけれど死者はいない。君のお手柄だ。頑張ったね、深冬。』
青藍は言いながら深冬の頭を撫でる。
その手の温かさが、胸に沁みて、深冬は何だか泣きそうになる。


「わ、たしは、何も・・・。」
『そう?でも、破面の一撃目でやられなかったのは、凄いことだ。』
「だが、青藍はそれをすぐに倒した。」
『あはは。僕は六番隊の第三席だからね。そのくらい出来ないと、父上に怒られてしまう。』


悪戯に笑う青藍の袖を、深冬は小さく掴んだ。
くい、と引っ張って、青藍を見上げる。
『ん?何?』
「・・・あたま。」
呟いた深冬に苦笑して、青藍はしゃがみこむ。


『これでいい?』
「うん。」
深冬は頷いて、青藍の頭に手を伸ばす。
触れられた青藍は、気持ちよさそうに目を細めた。


「・・・青藍。」
名前を呼べば、青藍は全て解っているというように頷く。
『うん。ありがとう、深冬。』
その様子に、周りの者たちは目を見開いているのだが、二人は気にしない。


「・・・だ、だだ橙晴!!酷いよ!!」
そこへ、隣の教室からそんな叫び声が届いて来て、一同はびくりと体を震わせた。
何やら騒がしい特進クラスに苦笑して、青藍は立ち上がる。
『全く、困った弟だ。五月蝿いなら五月蝿いと、文句を言ってもいいからね?』
「五月蝿いのは橙晴じゃなくて、久世だ。」


『ふふ。確かに。でも、まぁ、橙晴に苛められて可哀そうだから、ちょっと助けてあげよう。』
青藍はそう言って少しだけ霊圧をあげる。
「兄様!?」
隣からそんな声が聞こえてきて、バタバタと橙晴が駆け込んでくる。
「特進クラスだけでなく、二組にまで顔を出すとは・・・。」


『やぁ、橙晴。君へのご褒美はこっち。茶羅特製のレインボーゼリー。』
青藍が適当に投げた袋を、橙晴は慌てて受け取る。
「・・・っと、危ない。ご褒美って、何です?」
『橙晴が今日も霊術院に顔を出しているご褒美?』
「何ですか、それ?」


『さて、何でしょう?・・・茶羅が退屈しているようだよ。僕が相手をしたいところだけれど、生憎僕はこれから三日程現世任務だ。そろそろ戻らないと。・・・それじゃあね、深冬、橙晴。あ、久世君にもよろしくいっておいてね。』
青藍はそう言うと窓からひらりと姿を消した。
その姿を、橙晴は首を傾げながら見送る。

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