色彩
■ 8.交換条件

全く、この人は・・・。
青藍の言葉に橙晴は内心大きなため息を吐く。
地位が邪魔だということは、朽木家の当主にもなるつもりがないということだ。
確かに、霊妃の愛し子である兄様が表だって権力を持つことは望ましいとは言えない。


しかし、この間の件で、兄様の力がどれほどのものか、知れ渡っている。
それでも、この人は、隊長にも、当主にもならないというのか。
あれほどの才と人望がありながら。
僕らがどれほどそれを望んでいるのか知りながら。


そう思う半面、橙晴は納得をしても居た。
青藍兄様は、きっと、縛られるのが嫌なのだろうと。
そして、もし、何かあって、兄様が逃げなければなくなった時、突然消えても問題が無いように予防線を張っているのだ。


隊長や当主が突然姿を消せば、どれほどの混乱を生むか、容易に想像がつく。
そう思って、橙晴は、悔しくなる。
兄様に何かあれば、僕らに何も告げずに姿を消すのだろう。
僕では、兄様の力になれないのか・・・。
橙晴は未だ楽しげに木刀を振り回してくる青藍を見つめる。


・・・この人にそんなことはさせない。
母上と同じ思いをさせてはいけない。
一人でどこかに行くなんて許さない。
橙晴はそう思って、口を開いた。


「・・・では、兄様は朽木家の当主におなりください。」
『え?』
橙晴の言葉に、青藍は目を丸くする。
「兄様が当主になるとおっしゃるならば、その話引き受けましょう。必ずや、卍解を習得して隊長になって見せます。」


『でも、橙晴、僕は・・・。』
「兄様が当主にならないのならば、僕は卍解を習得したって隊長になんかなりませんからね。一人で逃げるなんて、僕は許しませんよ。」
橙晴に真っ直ぐに見つめられて、青藍は狼狽える。
全てを見抜かれていることを感じて。


「兄様が当主になって、この間の件のようなことが起こらない様にすればいい。兄様が全てを守ればいい。・・・あの時、兄様は父上に、僕らを信じろと言ったそうですね。」
『・・・。』
「今度は僕が貴方に言いましょう。僕らを信じてください。兄様にはまだまだ敵いませんし、兄様にとって僕らはいつまでたっても弟と妹なのでしょう。ですが、僕らはずっと兄様の後ろを歩いているつもりなど、一ミリもありません!」


カラン、と木刀が地面に落ちる。
橙晴の最後の一撃が、青藍の木刀を弾き飛ばしたのだ。
青藍は橙晴の攻撃によって痺れた手をじっと見つめる。


『・・・・・・ふ、ふふ。・・・ははははは!』
そして、思い切り笑い出した。
その姿に一同は目を丸くする。
「兄様?」
笑い続ける青藍に橙晴は怪訝そうに声を掛けた。


『ははは・・・。あーあ、僕、かっこわる・・・。』
青藍は笑いが収まると、そんなことを呟いて木刀を拾う。
『まったく、恐ろしい弟だよ。・・・一本取られた。僕の負け。降参だ。』
青藍はそう言って微笑む。
「青藍、兄様?」


『こんなに大勢の前で弟に負かされるとは、兄として立場がないね。もっと精進しなくちゃなぁ。父上にも怒られてしまうよ。』
青藍は肩を竦めながら言う。
そして真っ直ぐに橙晴を見つめた。


『橙晴。』
「はい、兄様。」
真っ直ぐに見返してくる橙晴を見て、青藍はふと笑みを零した。
『明日は父上も母上も非番だ。ルキア姉さまも邸に帰られるし、僕も明日は邸に帰るよ。だから、君も明日は邸に帰っておいで。家族みんなで食事をしよう。』


「・・・はい!」
その言葉の裏にある真意を読み取って、橙晴は笑顔でうなずく。
『ふふふ。橙晴に一本取られたことも報告しなくちゃね。まだ、負けるつもりはなかったんだけどなぁ。まぁ、お蔭で、一つ確信したよ。』


「なんです?」
青藍の言葉に、橙晴は首を傾げる。
『ふふふ。悔しいから一生教えてあげない。』
そんな橙晴を見て、青藍は悪戯に笑った。


橙晴には敵わないと思ってしまった。
さっき、ああいった橙晴が、一瞬父上に見えてしまった、なんて。
そんなこと、本人には教えてやるものか。
青藍は内心でそう呟く。


「何ですかそれは・・・。」
それを見て橙晴は怪訝な顔をする。
『まぁ、いいじゃないの。じゃあ、僕は戻るよ。次は負けないからね!というか、もう負けてあげない!』
青藍はそう言って橙晴の頭を一撫ですると、楽しげに姿を消したのだった。

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