色彩
■ 16.祈り

喰われる。
もう駄目だ・・・。


青藍の心が闇に呑まれて諦めそうになった時、ざぁ、と目の前が突然明るくなった。
桃色の鋭い輝きを放つそれは旋回し、渦を巻いている。
それによって巻き起こされる風圧が、靄を押し戻した。


「・・・卍解、千本桜景厳。」
酷く静かな、凛とした声が、耳に入ってくる。
『ちち、うえ・・・?』
「青藍。臆するな。」
目の前に現れた背中は、六の字を背負い、誇り高い者の姿。


「俺もいるぞ。」
続いて右側に、十三の字を背負う、力強く安心感を与えてくれる者の姿。
「もちろん、僕も居るよ。」
左側に、八の字を隠しながらもその全てを背負う者の姿。
『十四郎、殿。春水殿。』
三人の白い羽織が、悠然と風に靡いた。


「舞え、青藍。場の支配権は、私と浮竹、京楽で取り戻す。」
『父上。でも、まだ、お怪我を・・・。』
「構うな。己の身を案じて世界を失うなど、許されない。」
「そうそう。場の支配は、僕らに任せてよ。」


「場を支配した方が勝つのならば、俺たち三人が場を支配して、お前の舞で浄化すればいい。一対一で勝てる相手じゃないようだからな。」
三人は言いながら霊圧を上げた。
霊圧に押されたように黒い靄が揺らぐ。


「・・・囲むぞ。」
「了解。」
「あぁ。」
白哉の言葉に、浮竹と京楽が咲夜を囲むように散開した。


「青藍。恐れるな。呑まれるな。そなたは、一人ではない。」
『父上・・・。』
「舞え、青藍。あれと逆の舞を舞うことが出来るのは、そなただけだ。・・・負けるわけには、失う訳には、いかぬのだ。この世界も、咲夜も、そなたも。」
力強い言葉が青藍の体を解し、恐怖に縮こまった心を解す。


「・・・私もまた、失うことが恐ろしい。だが、我らは一人ではないのだ。守るべきものが数えきれぬほどあるのだ。故に、恐怖に打ち勝たねばならぬ。我ら全てが力を尽くして。」
青藍はその声を聞き洩らさぬように、目を閉じて聞こえる声に集中する。


「そなたにもあの靄が見えているのだろう。咲夜の闇が。あれは、恐ろしかろう。だが、あれに恐怖を感じているのは、そなただけではない。・・・共に戦うぞ、青藍。」
力強い声ではあるが、その声がいつもとは違う気がして、父上も本当は恐ろしいのだ、と青藍は思う。


でも、それを隠して、抑え込んで、今、この場に居るのだ。
一人じゃないんだ・・・。
そう思ったら、心が軽くなって、体の震えが止まる。
「まだ、動けぬほどに恐ろしいか。」
『・・・いいえ。』


「ならば行け、青藍。咲夜を取り戻すぞ。あれに光を見せてやれ。」
その言葉を聞いて、青藍の瞳が開かれる。
『はい、父上。母上は取り戻します。必ず。』
そう言って咲夜を見据えた瞳には、力強さが戻っていた。


『・・・行きますよ、母上。』
呟いて、青藍は止まっていた舞を舞い始める。
青藍の生み出す温かな生命力にあふれた見えない何かは、先ほどのものよりも力強い。
それと滅びの気配はぶつかり合い、互いに譲らずその場で拮抗した。


黒い靄の広がりが完全に止まったことを見て取って、青藍は舞に集中する。
白哉たちもまた、霊圧を上げて青藍を援護した。
戻って来いと、心の中で咲夜に呼び掛けながら。
咲夜の悪戯に輝く美しい空色の瞳を思い浮かべながら。


母上、気が付いてください。
貴方は生きたかったはずだ。
世界を壊すのではなく、世界と共に生きたかったのでしょう?
貴方は、幸せだと涙を流した。


あの涙は嘘ではなかったはずです。
あれは貴方の心だった。
貴方は、ずっと、生きたかったのでしょう?
死にたいと思うのと同じくらい。


母上、貴方は一人じゃない。
父上が居る。
僕が居る。
橙晴や、茶羅や、十四郎殿や、春水殿、睦月に烈先生。


皆が貴方を必要としています。
貴方はもう、道具などではありません。
貴方はもう、人形などではありません。
貴方の魂は誰よりも美しく、輝いています。


一人で泣いた日々もあるのでしょう。
一人で苦しんだ日々もあるのでしょう。
一人でさまよった日々もあるのでしょう。
でも、今は一人ではありません。


母上。
貴方はもう、一人ではない。
僕の声が聞こえていますか。
僕の姿が見えていますか。
貴方を見つめる多くの目に気が付いていますか。
貴方の傍にどれほど多くの人が居ることか。
今の貴方はそれを知っているはずだ。


母上。
僕は貴方の子どもとして生まれてとても幸せですよ。
僕は、貴方が誇らしいですよ。
貴方のいるこの世界が僕は大好きです。
母上もそうでしょう?


母上は父上のいる世界が好きなのでしょう?
父上を愛しているのでしょう?
貴方が愛する人は父上なのでしょう?
そして、父上は母上を愛しています。
愛し、愛されることが出来る世界で貴方は生きています。


貴方の幸せはここにありますよ。
だから、どうか、僕らの声を聞いてください。
貴方は闇に染まるものではない。
母上の世界には大きな光があります。


そんな思いを込めて舞っていると、咲夜の力が弱くなる。
それを感じて、青藍は咲夜に呼び掛けるように舞を続ける。
母上、僕は幸せですよ。
父上に愛され、母上に愛され、橙晴や茶羅に愛されて。
他の多くの者たちにも愛されて。


僕はこの世界が好きです。
母上もそうでしょう?

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