色彩
■ 20.真の愛し子

弥彦が笛を唇に当てると、するすると楽の音が流れ出した。
その音に、それまで談笑していた者たちも、舞台に目を向ける。
澄んだ音が夜空に浮かぶ月まで届きそうである。


天を貫くような高い音。
地を這うような低い音。
風の音。
雨の音。
雪の音。
雷の音。
鳥の鳴き声。
木々のざわめき。


一音奏でるごとに、自然の風景が浮かび上がってくるようだ。
流石に周防家の笛。
音が見える。
自分で言うだけあって、相当な笛の上手らしい。
青藍は笛に合わせて動き始めながらそう思う。


澄んだ音が青藍の動きに合わさって、舞と音とがもつれ合っていく。
音が舞を引き出してくれるのを感じて、青藍は音に耳を傾けるだけで、何も考えずに舞うことが出来た。
あぁ、体が透明になって、自然の一部になって行くようだ・・・。
すでに、観客など見えなくなっていた。


咲夜は舞う青藍をみて、内心舌を巻いていた。
叔父上の笛も見事だ。
だが、それに合わせて舞っても負けていない青藍の舞。
恐らく、今青藍は意識せずに舞っている。
いつもの何か祈るような舞ではない。


ただ、舞っている。
音と遊ぶように、自然に溶けるように。
まるで舞っていることが当たり前のような。
世界の一部のような舞。
なんと、美しいのだろう。
私でもこんな舞を見せることは稀だぞ・・・。
咲夜はそんなことを思いながら青藍を見つめていた。


浮竹もまた、青藍の舞に舌を巻いていた。
美しく、強く、だが、軽やかに、しなやかに。
漣の舞は、もっと異質だ。
咲夜の舞う姿を思い出して、浮竹はそう感じる。
漣の舞は息を呑むほど美しいが、決して世界に溶け込むことはない。
別の世界を作り上げてしまう。


だが、青藍は。
青藍の舞はそこで舞っているのが当然のような、それがありのままだというような舞だ。
風が吹けば雲が流れ、雨が大地にしみ込むように。
これが、自然なのだ。
自然には無駄がない。
決して力むことなく、無理もしない。
青藍の強さはそこにあるのかもしれない・・・。
そんなことを考えながら。


白哉もまた青藍の舞に目を奪われていた。
美しい笛の音と美しい舞。
その美しさに圧倒されつつも、咲夜や浮竹とは別のことを考えていた。
・・・これでは敵わぬ。
貴族として、死神として、自らの力を疑ったことなどない。
青藍と戦えば勝つ自信もある。


だが。
敵わぬ。
力でも、権力でもない。
もっと違う何かによって、青藍には敵わないだろう。
そんなことを考えて、ふと、隣に居る咲夜の気配が変わったことに気が付いた。


「妾が、舞に呼ばれただと・・・?」
霊妃は青藍を真っ直ぐに見ながら小さくつぶやいた。
「・・・白哉よ。そのまま聞け。」
霊妃に言われて白哉は青藍に目を向けたまま軽く頷く。


「妾は、そなたを愛し子だといったな。・・・だが、それは間違いだったかもしれぬ。」
そうかも知れない、と、白哉は内心で頷く。
「そなたは妾を恐れなかった。故に、妾はそなたが愛し子だと思うたのじゃ。しかし・・・。」


そこで言葉を切って、霊妃は愛しそうに青藍を見る。
「今、解った。妾はあれに呼ばれてしまった。あれの声に応えてしまった。子どもの声に呼ばれる母のように。あれこそが我が愛し子なのじゃ・・・。」
霊妃は感慨深げに言う。


青藍が愛し子だということは、咲夜は最後の剣の巫女ではないのだろうか。
白哉は内心首を傾げる。
「咲夜が最後の剣の巫女であることは変わらぬ。」
それに応えるように霊妃は言った。


「そなたが何故妾を恐れぬのか。それはきっと、あれらを守るためなのだろうな・・・。あれらを慈しみ、愛する。そのために、そなたは生まれたのだろう。そなたは孤独な巫女への贈り物であったか・・・。蒼純がそなたと咲夜を近づけたのは必然だったのじゃ。・・・蒼純は何処まで解っていたのだろうなぁ。」
懐かしむように霊妃は言う。


「あれは弱いものじゃったが、良い目を持っていた。そなたの父に感謝する。そなたらとそなたらの仲間には妾の加護を約束しよう。強くあれ。美しくあれ。賢くあれ。だがしかし、弱さを、醜さを、愚かさを忘れること勿れ・・・。」
霊妃はそう言って目を閉じる。
それと同時に、霊妃の気配が遠ざかっていったのだった。


舞が、終わる。
それまで無心に舞っていた青藍だったが、それに気が付き、笛の音に耳を傾けた。
最後の一音が空気に溶けるように消えていき、青藍も動きを止めたのだった。
沈黙がその場に舞い降りる。
意識が戻ってきた青藍はその沈黙を感じて内心首を傾げる。


あれ?
僕、無意識に何かまずい事でもしたのかな・・・。
そう思って青藍は弥彦を見た。
その視線を受けて、弥彦はにっこりと微笑む。
それを見た観客たちは、我に返って歓声を上げたのだった。

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