色彩
■ 23.四白

「・・・あの、その方は?」
鬼狼は驚きを隠せない様子で、咲夜をまじまじと見る。
「おや、私を知らないのか?そんなはずは、ないと思ったがなぁ、鬼狼八房。」
意味深に言った咲夜に、鬼狼は怪訝な顔をする。
「初対面の、はずですが・・・?」


「そうだな。話すのは、初めてだ。・・・だが、一度会ったことがある。君が、水篠八房だった頃に。」
何故、それを知っている。
全てを見透かしたように言われて、鬼狼は無意識に一歩下がった。


『水篠・・・?』
「あぁ。この男は、幼い頃、私を一目見て、泣きだした。私に、恐怖してな。」
その口元は弧を描いているが、その瞳からは表情が読み取れない。
そんな咲夜に、鬼狼は幼い頃の記憶を鮮明に思い出した。
この人を初めて見たとき、この、綺麗な顔も、瞳も、気配も、全てが、恐ろしかった。


「思い出したか?・・・恐怖というのは、忘れがたいものだ。特に、幼少期の恐怖というものはな。それに、私はあの時とほとんど姿形が変わっていない。君が、そんな私を知らないはずがない。」
はっきりと言い切った咲夜の言葉に、その場に沈黙が落ちる。


『・・・母上?それは、どういうことですか?』
青藍の不思議そうな声が響いて、咲夜は小さく笑った。
「青藍。四白を、覚えているか?」
問われて青藍は目を伏せる。
忘れられるはずがない。
四白は、僕を守って死んだのだから。


「青藍がそんな顔をすることはない。四白を青藍の護衛に選んだのは、私と白哉だ。そして、四白は自分からやると申し出た。」
『でも・・・僕のせいです。』
泣きそうな青藍の声に、咲夜は言い聞かせるように言う。


「それは違う。四白は職務を全うしただけだ。青藍が狙われたのは、青藍のせいなどではない。青藍を狙った者に罪があるのだ。」
言いながら青藍の頭を落ち着かせるように撫でる。


「だが、残念なことに、そうは思わぬ者が居ることも確かだ。・・・なぁ、八房。君はどう思う?己の兄が護衛を務めていたとして、護衛対象を守って死んだ。そのとき、君だったら、どう思う?」
真っ直ぐに問う瞳は、力強く、先ほどの恐怖は何だったのだろうと思うほどに美しい。
「私ならば・・・。」


「人殺し。」
己の心の声と同じ答えがあって、その声に覚えがあって、鬼狼は弾かれたように振り向いた。
「なんて思っちゃうかもね。久しぶり、と言った方がいいかな?」
ひらひらと着物を翻しながら悠然と現れた男に、鬼狼は息を呑む。
この男は、私を、覚えている・・・?
見れば、いつの間にか周りには院生と隔離するように結界が張ってある。


「京楽、隊長・・・。」
「おや?そんなに怖がらなくてもいいじゃない。」
京楽は言いながら青藍の前に歩いて行って、彼の耳を塞いだ。
『春水殿・・・?』
首を傾げた青藍に微笑みを向けて、その表情のまま、京楽は口を開いた。
「水篠四白。青藍の元護衛。彼は、青藍を攫おうとした輩に急所を一突きされて死んだ。弟である君の目の前で。最初に駆け付けたのは僕だったから、よく覚えているよ。」


「ち、がいます。あれは、私の兄ではありません。」
「白を切るだけ無駄さ。君のことは、この三日間で調べ尽くした。霊圧を照合した結果、四白と君は間違いなく兄弟だ。」
「違う!私に、兄など居ない!私は、鬼狼八房だ。」


「・・・認めたくないのなら、それでいいけれど。話を戻そうか。あの時、僕が駈けつけたとき、四白は既に息がなかった。不届き者は他の護衛たちが捕えていて、四白の血にまみれた青藍が、呆然としているだけだった。」
京楽は言いながら青藍の頬に親指を滑らせる。


「この子ね、それから一週間、倒れるまで、食べ物を受け付けなかった。眠ればその時の夢を見て、魘される。ずっと邸の中に籠って、邸から出ることが出来るようになったのは、それから三か月後だった。その間、この子はずっと自分を責めていたんだよ。幼いながら、四白が自分を守って死んだことを理解していたから。」


「何故、そんな、話しをする・・・?」
鬼狼の声は震えている。
その表情は苦しげで、その瞳には憎しみが宿っていた。
「いや、こっちもこっちで大変だった、という話さ。この子が外に出ることが出来るようになったのは、朽木隊長のお蔭だった。朽木隊長は、忙しい中、どうにかして非番を取って、青藍を外に連れ出したんだ。ま、僕と浮竹は仕事を押し付けられたわけだけれど。」
京楽は困ったように笑う。


「京楽だって、毎日青藍に顔を見せに来てくれただろう。」
「まぁね。僕が出来たのは、それだけさ。あの時、青藍の護衛が四白ではなくて、僕だったら、と考えない日はなかったけれど。」
「京楽・・・。」
「まぁ、後悔しても仕方がない。過去は変えられないからね。・・・ねぇ、八房君。君は、それでも、青藍が憎い?何度傷付けても、足りないくらいに。」
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