色彩
■ 18.新しい講師

「初めまして。今日からこの特進クラスの副担任になりました、鬼狼八房と申します。専門は白打です。新人故慣れないところもあると思いますが、よろしくお願いいたします。」
青藍たちが三回生になったある日、そんな挨拶とともに、新任の講師が頭を下げた。


漆黒の髪と色素の薄い灰色の瞳。
切れ長の目に、薄い唇。
全体的に細身だが、その着物の下には鍛えられたしなやかな筋肉が隠れているに違いない。
青藍はそう観察する。


・・・何だろう。
僕、この人と会ったことがある気がする・・・。
その気配に覚えがある気がして、青藍は首を傾げる。
鬼狼を見つめていると、視線が合って、ニコリと微笑まれた。


その微笑に、女子生徒たちは黄色い悲鳴を上げる。
しかし青藍は、ぞ、と何かが背中を走った気がして、興味のない振りをして視線を外す。
何か、嫌だ。
僕の第六感がこの男を拒絶している。


関わりたくない。
感じる視線が、気持ち悪い。
僕を、見ないで・・・。
何故だか酷くそう思った。


「青藍。ちょっと、教えて欲しいことがあるんだけど・・・青藍?どうしたの?」
いつの間にか挨拶も終わって、教室移動のための時間になっていたらしい。
教科書を片手にやって来た京は、青藍の様子に首を傾げる。


『・・・あ、いや、何でもない。何?』
青藍は何とかいつも通りに笑おうとするが、上手く笑えた気がしない。
その予想は的中して、京は怪訝な顔をした。


「青藍?調子でも悪いの?」
顔を覗き込まれて、青藍は反射的に京から距離を取る。
そんな青藍に、京は目を丸くした。


『・・・あ、ごめん。・・・うん。少し、調子が、悪いみたい。医務室に、居るね。』
「大丈夫?僕も一緒に行こうか?」
心配そうに言う京に、青藍は首を振る。
『一人で行けるから、大丈夫。侑李たちにも、医務室に居るって言っておいて貰える?』
「それはいいけど・・・本当に、大丈夫?」


『うん。・・・ねぇ、京。さっきの先生って、どう、見えた?』
京に問えば、彼は首を傾げた。
「鬼狼先生のこと?別に、普通じゃない?挨拶も雰囲気も特に変なところはなかったよ?」
『・・・そう。じゃあ、僕だけか・・・。』
「青藍?どうしたの?鬼狼先生と、知り合い?」


『ううん。何でもないよ。多分、調子が悪いせいだ。今日は、授業、全部休むね。』
「・・・そっか。解った。ちゃんと、草薙先生に診てもらってね?」
『うん。ごめんね。ありがとう。』
弱々しく笑って去っていく青藍を、京は首を傾げながら見送ったのだった。


「すまぬ、青藍。仕事が入った。」
そんな言葉とともに、申し訳なさそうな表情をした父の顔が見える。
『おしごと?』
それから聞こえてきた幼い声は自分のもので、あぁこれは夢だ、と青藍は思う。
「あぁ。」


『おでかけは?』
「・・・今日は、行くことが出来ぬ。」
『どうして?ちちうえは、おでかけするって、いったもん。きょうは、ぼくと、おでかけするって、いった!』
幼い自分の駄々を捏ねるような声に、内心苦笑した。


「青藍・・・。聞き分けてくれ。今日は、駄目なのだ。」
『いやだもん。きょうは、ちちうえとおでかけだもん。』
「青藍。次の非番は、必ず青藍と出かける。」
申し訳なさそうに言って、父上は僕の頭を撫でる。
でも僕は、この時、それを聞き分けられるほど、大人ではなかったのだ。


『ちちうえのうそつき!まえも、そうだった!ぼく、ちゃんと、いいこでまったのに、ちちうえは、いつも、うそつきだ!ちちうえなんか、きらい!!』
この後、僕は父上の手を振り払って、走り出す。
そう思うと同時にぱし、という音を立てながら父上の手を払い除けた小さな自分が走り出したのが解って、この夢は過去の記憶なのだと確信する。


あの時の父上の顔は覚えてはいないけれど、酷く傷つけたと思う。
そう思いながらも、幼い体は駈け続け、邸の門を飛び出した。
僕はあの時、それにすら気づかずに、走り続けたのだ。
疲れて、足を止めたら、周りは知らない場所だった。
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