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■ 別離

『ねぇ、白哉。私はね、どんな場所に居ても、君の味方でいるつもりだ。だから、もし、私が居なくなっても、私のことを忘れるなよ。』
そう言って私の頭を撫でた人は、その翌朝に姿を消した。
それと同時に聞かされた、隊長副隊長数名の消失。
あの言葉はこれを予見していたのだ、とすぐに悟って、最初に浮かんできた感情は怒りだった。


それから、百余年。
その間に私は護廷隊に入隊し、順調に席次を上げ、隊長にまで登りつめた。
朽木家当主となり朽木家を率いる身になった。
緋真という妻を得、失い、そして、彼女の実の妹であるルキアを朽木家に引き取った。


全てが順調という訳ではなかったが、堅実に前へと進んでいる・・・はずだった。
ルキアの現世での霊圧消失。
後に発見されたルキアの捕縛命令。
掟と、緋真との約束と。
その狭間で心がすり潰されていくまでは。


旅禍の侵入。
五番隊隊長の死亡。
更木隊の壊滅状態。
己の副官の職務放棄。


隊長として、当主として、私が成すべきことは何か。
それを考えたとき、私の中で何かが壊れた。
いや、壊さなければ、何も成せなかったのだ。
隊長であり、当主であることは、私の誇り。
そう思い込むことで、感情に蓋をした。
これ以上揺らぐまい、と。


それなのに。
追い打ちをかけるように彼女が目の前に現れたのだ。
敵として。
旅禍の侵入の手引きをしたのは、夜一と彼女に違いなかった。
そうでなければ、これほどまでに易々と瀞霊廷に被害が広まるはずがなかった。


『・・・白哉。』
恋次との戦いの後、彼女は漸く姿を見せた。
私と恋次の戦いを見学していたらしい。
その気配だけは、感じ取っていた。
彼女の刃が私に向けられていたことも。


「・・・わざわざ我が刃の餌食になりに来たか。」
彼女の姿を見て、最初に感じたのは、やはり怒りだった。
何故、どうして。
これ以上、私の心を切り刻んでくれるな、と。
私の心を乱してくれるな、と。


『・・・強くなったんだな、白哉。私は嬉しいよ。』
その言葉とは裏腹に、彼女の切先は私に向けられている。
「何故、恋次との戦いの最中に手を出さなかった。兄ならば突ける隙もあっただろう。」


『わざと作られた隙に飛び込むほど、私は愚かではないよ。・・・止めを刺さなかったことは、褒めてあげよう。だが、彼の言に耳を傾けなかったことは、頂けないな。何故、ルキアを助けようとしない。何故、見殺しにするような真似をする。君はいつからそんなに冷酷になった。何故それほどまでに孤独な瞳をする・・・。』


悲しげな瞳。
百年ぶりに見るその顔は、愁いを帯びている。
もう彼女が私に笑みを向けることはないのかもしれない。
そんなことを思って、内心自嘲した。
向けられた刃に心が砕けそうだった。


「私を思うのならば、その刃を退け。敵だとしても、兄を斬りたくはない。」
『私だってこんなことはしたくない。・・・双極に行くのか。』
「あぁ。」
『ルキアの罪が、死に値すると?』
「罪人には罰が下されるのが道理だ。」


朽木家は四大貴族が一。
すべての貴族の見本。
掟は守るべきもの。
だが、ルキアは罪を犯した。
罪を犯した者は、裁かれねばならぬ。


『・・・やはり、一護でなければ駄目か・・・。』
呟いた彼女は、やはり悲しげで。
彼女の瞳に映る自分は、全てを拒絶している無表情だった。
自分はこんな顔をしていたのかと、今更ながらに気が付く。


『私も、君を傷付けることはしたくないのだが。・・・仕方がないか。』
そう言うや否や、彼女は己の刃を投げ捨てた。
片膝をついて、首を差し出す。
その行動に眉を顰める。


「何の真似だ。」
『私を殺せ、白哉。』
「何・・・?」
『ルキアを見殺しにするというのならば、その前に私を殺してみろ。私も掟に反した罪人の一人だ。隊長としても、当主としても、そんな罪人を見逃すことは出来まい。そうだろう、白哉?』


彼女を、殺す。
己の手で。
この刃が、彼女の血を吸うのか。
この刃で、彼女の命を奪うのか。
私にその業を背負えと?
やはり、彼女に対する怒りが湧いてくる。


「・・・ふざけるな。」
己の口から出た、地を這うような低い声。
何故。
何処から湧いてくるのか解らない怒り。
それが、苦しくて。


いっそのこと、この怒りを彼女にぶつけてしまおうか。
そんな考えすら浮かんでくる。
しかし、何かが私にそれを躊躇わせた。
彼女に向ける刃が震えているのは、怒りか、それとも他の何かか。
何故私は、彼女に刃を向けているのだろう・・・。


「死にたいのならば、勝手に死ね。私が付き合う義理はない。」
そう言い捨てて、刃を鞘に収める。
『・・・君はそうやって、結局自分が苦しむのか。私も、ルキアも、君の副官も失って、君一人が生き残って。・・・妻を失ったそうだな。その悲しみと痛みと苦しみをもう一度味わう気か。』


「貴様に私の何が解る!!」
言われた言葉に思わず霊圧が上がり、それと共に出た声は鋭い。
『では聞くが。・・・君に私の何が解る。』
静かに問われた問いには、応えることが出来なかった。
百年の溝の深さを思い知らされた。


『・・・解らないだろう。何故、私が君に命を差し出していると思う?何故、私がそこまですると思う?私がわざわざ瀞霊廷に戻った理由は?私が旅禍の味方をしている理由は?己の身を危険に晒してまで、君の前に居る理由は?』
彼女の問いには何一つ答えることが出来ない。
ただ、泣きそうな彼女の瞳が、私の心の蓋をこじ開けようとしていることが解る。


「何故・・・何故そのような瞳をする・・・。」
絞り出した声は、呻くような声で。
「私を、私を置いて行ったのは、兄の方だろう・・・。それなのに、何故、今、姿を見せるのだ。私は、こんな再会を望んでなどいない。こんな再会ならば、兄の顔など見たくはなかった・・・。」


『・・・すまない。余計な苦悩を増やしただけだったか。そんなつもりじゃ、なかったんだがな。君の言う通り、私は君のことを解っていないらしい。人のことは言えないな。これでは、君に私の言葉を思い出してもらうことは出来ないか。いや、そもそもあの言葉を信じて貰えていないんだな。罪人となった者の言葉など、信じるわけがない。』
私から視線を外した彼女は、自嘲するように言う。


『悪かった。何も告げずに姿を消したくせに、信じてもらおうだなんて都合が良すぎた。・・・この件が片付いたら、二度と君の前には姿を見せないようにする。君にそんな顔をさせるくらいなら、私は君の前から消えるよ。』
顔を上げた彼女は微笑んでいた。
しかし、その微笑は悲しい微笑みで。


私が手を伸ばさなければ、彼女は本当に姿を消すのだろう。
そう思っても、体は動かなくて。
己の斬魄刀を拾い上げた彼女を、呆然と見つめる。
拾い上げられた刃は、私に向けられることもなく鞘に収められた。
彼女は動かぬ私にもう一度悲しげに微笑んで、背中を向ける。


『なぁ、白哉。私は、君との時間が好きだったよ。君の傍は、心地よかったから。だから、君の大きくなった姿を見ることが出来て良かった。・・・私は、処刑を止めに行くよ。私を信じて託してくれた人たちがいるから。時間を取らせて悪かったな。さよなら、白哉。君の幸せを願っている。』


姿を消した彼女の霊圧を探っても、全く感じ取ることが出来なくて。
本当に、彼女は、私の前から姿を消したのだ。
私が、彼女を手放したのだ。
私はまた、失ったのだ。
今度は、彼女という存在を。


追いかけることは、出来なかった。
彼女の背中は私を拒絶していたから。
もう二度と、彼女が私の隣で微笑むことはない。
湧き上がった怒りは、喪失感に変わっていく。
それを感じて漸く、彼女に対する怒りの理由を理解する。


私は、寂しかったのだ。
彼女は何も言わずに姿を消したから。
私の味方だと、彼女は言ったのに。
何度名を呼んでも、何度助けを求めても、彼女は姿を見せなかった。
その寂しさが、怒りの根源だったのだ。


「咲夜・・・。」
百年ぶりに呼んだ名に返事をする相手は既になく。
ただ虚しくその音が響いた。
やはり、彼女はもう来ない。
大きすぎる喪失感に、再び心に蓋をする。


それから彼女は、私の前に姿を見せない。
藍染らの目論見が露見し、彼女の罪が取り消されても、彼女は護廷隊に戻ることもせず、現世に留まっているらしい。
時折ルキアの口から彼女の名前が出ると、後悔が滲む。
彼女は徹底的に私から遠ざかっていた。


「咲夜・・・。」
時折、彼女の名を呼んでみる。
しかし、返ってくるのは沈黙ばかりで。
降り積もるのは、虚しさで。


「忘れたことなど、一度もないというのに。」
彼女の言葉も、表情も、声も。
その全てが、色褪せてなどいないのに。
味方だと言ったくせに、彼女は傍には居ないのだ。


彼女を、責めそうになる。
彼女を、恨みそうになる。
だが、手放したのは私の方なのだ。
そう思うと、彼女を責めることも、恨むことも、出来ない。
ただ、彼女が笑っていることを、願うのだった。



2016.12.24
久しぶりの短編なのに暗くてすみません・・・。
尸魂界編の白哉さんの苦悩。
ルキアの処刑を止めるために尸魂界に乗り込んだ咲夜さん。
本当は互いに必要な存在なのに、互いに手を伸ばすことが出来ない二人。
咲夜さんは夜一さん達の逃亡の手助けをしてそのまま一緒に逃げた、というイメージです。
暗い上に何だかよく解りませんね・・・。


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