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■ 陽だまりの人C

翌日。
「・・・五席だったのだな。」
仕事をしていたら、いつの間にか目の前に朽木隊長が立っていた。
五席、という言葉と、彼の視線がこちらに向けられていることから、どうやら私に用事があるらしい。
ちらりと執務室を見回せば、隊士たちが目を丸くしてこちらを見ていた。
朽木は・・・居ない。


『えぇ、と、はい。申し遅れました。十三番隊第五席、漣咲夜と申します。お疲れ様です、朽木隊長。』
とりあえず立ち上がって、一礼する。
「あぁ。・・・手を出せ、漣咲夜。」
『え?あ、はい。』
首を傾げながら右手を出せば、左手も出せと言われて、言われたとおりにする。


ぽん、と、両手に何かが乗せられた。
見れば、貴族御用達の菓子店の一番人気で。
半年待ちは下らないという代物。
それが、両手に一つずつ。


「・・・口止め料だ。」
『口止め料?』
さらに首を傾げれば、朽木隊長の視線がちらりと朽木の机に向けられる。
それを見て、昨日のことか、と、納得する。
きっと、朽木を邸まで連れて行ったことを、隠したいのだろう。


「昨日・・・。」
『・・・連れ帰ったのは、私です。』
「それで良い。」
頷いた朽木隊長は、どこか満足げだ。


いやいや、それよりも。
わざわざ私に両手を出させたのには、理由があるはずだ。
・・・口止めしたいことが二つあるということだろうか?
まぁいいか。
聞いてしまえ。
きっと答えてくださるだろう。


『何故、二つなのですか・・・?一つあれば、口止め料としては、十分ですよ?』
見上げれば、少し不満げな視線を向けられた。
「・・・そなたが断ったせいだ。」
『え、断った?』


「だが、仕方がない故、そなたの言葉に耳を傾けてやる。暫く様子を見させて貰うが。」
それはもしや・・・あれか?
副隊長の話か・・・?
ということは、恋次を副隊長の候補に・・・?


『う、嘘・・・。ほ、本当ですか!?な、何故・・・。』
「それは、そなたが一番解っているのではないか?」
『それは・・・まぁ、そうですね。言い出したのは私です。』
「そなたは顔が広いな。そしてどうやら勘も働くらしい。浮竹が手放さぬのも道理だ。」


『え・・・?』
「漣が居ないと十三番隊は立ち行かぬ、と。そこまで言われてしまっては、退くしかあるまい。・・・では、私は戻る。口止め料は支払った。口を滑らせることのないように。」
くるりと踵を返した朽木隊長は、そんな言葉を残して執務室から出て行く。
その後ろ姿を、ただぽかんと見つめた。


隊長が、手放さない?
いや、だって、昨日、あの人、私を六番隊に行かせようとしたよね・・・?
それも結構本気で行かせようとしたよね・・・?
私、割と衝撃を受けたのだけれども。
ちょっと・・・いや、もの凄く寂しい思いもしたんですけど。


「やぁ、皆。」
混乱していると、見慣れた白が視界に入ってきた。
どこかへ出かけていたらしい。
朽木隊長が出て行った扉から姿を見せたのは、今私の思考を混乱させている浮竹十四郎その人で。


『た、たいちょ・・・。』
「やぁ、漣。元気か?」
『げ、元気、です。』
「それは何よりだ。・・・そう言えば、さっき白哉とすれ違ったんだが、何の用だったんだ?」
首を傾げた隊長の問いに、皆が私に視線を向けた。


『・・・く、口止め料、を、頂きました。昨日の。』
「はは。なるほど。考えることは同じか。」
朗らかに言った隊長は、副隊長が居なくなる前と同じ笑みを浮かべていて。
その笑みを見たのがすごく久しぶりな気がして、じわりと涙が溢れてくる。
朽木隊長から貰った菓子を机にそっと置くふりをして、それを隠す。


「俺からは、これだ。」
菓子を置いて手ぶらになった手を掬い取られて、掌の上に箱が置かれる。
隊長の羽裏色と同じそれは、ずしりと重い。


『これは・・・?』
「開けてみろ。」
言われて、恐る恐る箱を空ける。
出て来たのは、白い、何か。
箱から取り出せば、何かの印であることが解る。


十三番隊第五席漣咲夜。
鑑文字で、しっかりと、そう彫り込まれている。
良く見れば、持ち手には十三番隊花の待雪草が、側面には竹が彫られていた。
材質は、恐らく象牙。


字体は席官に与えられる印と同じだ。
しかし、最初に与えられる印は、象牙などでは出来ていない。
私が今使っているのは、持ち手が木で、印の部分はゴム製のもの。
自分の手の中にある物にただ唖然とした。


『な、何ですか、これ!?』
「口止め料だ。」
『く、口止め料にしては、高すぎます!』
「ははは。そうか?それじゃあ、昨日の謝罪とお礼も含めておこう。これで、昨日のことは黙っていてくれると有難いんだが。」


『こんなの、酷いです・・・。だ、だって、隊長、昨日、私を・・・。』
溢れてきた涙で、視界が揺らぐ。
「おいおい。それ以上言ったら、口止め料の意味がなくなるだろう。」
『だって・・・。』


「お前はうちの大切な席官だ。この先もずっとな。だから・・・受け取ってくれるな、漣?」
ほろ、り。
表面張力の限界を超えた涙が零れ落ちて、視界が戻ってくる。
「お前は、意外とすぐに泣くなぁ。」
そう言って私の頭を撫でる隊長は、笑っていた。


『か、家宝にします・・・!一生使います!』
「一生って・・・。お前、ずっと五席で居るつもりか?」
『当たり前じゃないですか。こんなの貰ったら、死ぬまで十三番隊の第五席ですよ、私は。』


「結婚も出来ないぞ?」
『構いません!私は一生十三番隊第五席の漣咲夜です!』
「それはそれで俺が困るんだがな・・・。」
『え?隊長、何か言いました?』
「いや、何でもない。席次や苗字が変わったら、削って彫りなおして使うといい。」


『そんな勿体ないことはしません!ていうか、隊長、本当に酷いです!わ、私、昨日、本当に、寂しかったんですからね・・・!』
「あぁ。悪かった。」
『それなのに、こんなものを下さるなんて、狡いです!』
「そうだな。俺は狡い。」


『何で、そんな簡単に認めてるんですか!』
「我ながら狡いなぁ、と思っているからな。」
『何ですか、それ。も、もう一度があったら、私、これ、隊長に投げつけますからね?』
「ははは。それは勘弁してくれ。」
『それじゃあ、二度とあんなことは言わないでください!』


「あぁ。頼りにしているぞ、漣。」
『そ、それじゃ、隊長、まず、休んでください!』
「今日は調子がいいぞ?」
『でも、隊長、この一か月、お休みになられていません!隊長が寝込んでいないなんて、普通じゃありませんよ!』


「他の隊ではそれが普通なんだがな・・・。」
そう言って苦笑を漏らす隊長に、話を聞いていた隊士たちからも休んでくださいと声が上がる。
言われた隊長は、困ったように眉尻を下げた。


「海燕に言われているようだ。彼奴は、お前らの心の中にちゃんと居るんだな・・・。」
しみじみと呟かれた言葉に、皆がはっとする。
私はまた、涙が溢れそうになった。


『・・・あ、当たり前じゃないですか!私なんか、今日、夢の中で副隊長に引っ叩かれました!早く隊長を休ませろ!って。』
「夢にまで出てくるのか・・・。お前、俺より重症じゃないか・・・?」
隊長は心配そうに私を見つめる。


『だって副隊長は、私の、私たちの大切な副隊長ですもん!ひと月やそこらで気持ちの整理がつくわけないじゃないですか!ずっと、近くに居る気がするんですよ・・・。』
ぼろりと落ちた涙を、隊長は拭ってくれた。
「そうか。・・・お前らもそうか?」
その場にいる隊士たち全員に頷きを返されて、隊長は困ったように笑う。


「それじゃあ、暫くの間、俺たちの副隊長は、海燕のままにしておくか。実は俺も新しい奴を選ぶ気にはなれないんだ。・・・皆、それでいいか?お前らの負担が増えることになるんだが。」
『構いません。』
皆同じ意見なのか、私に続いてあちらこちらから声が上がった。


『だから、隊長、本当に休んでください・・・。お願いします。』
「全くお前は本当に・・・。泣きながらお願いされたら、断れないだろう・・・。」
『それはいいことを聞きました。それなら今後は泣いてお願いします・・・。』
「頼むからそれはやめてくれよ・・・。」


呆れながらも、隊長はいつもの隊長で、笑みを浮かべている。
そのお蔭で、隊士たちも少し気を緩めることが出来たらしい。
私と隊長とのやりとりに笑いが起きる。
皆で笑うなんて久しぶりだった。


『・・・隊長。』
「なんだ?」
『いつでも、頼ってくださいね。私、一生隊長の下で働きますから。』
「あぁ。その代わり、お前も何かあれば俺を頼れよ?」
『ふふ。はい。頼らせていただきます。』


この時私は、隊長が下さった印に竹の模様が彫られていた本当の理由に気が付いていなかった。
ただ単に、隊長の名前からその模様を取り入れただけのことなのだと。


漣咲夜は十三番隊のもので、俺のもの。
印に彫られた雪待草と竹にそんな隊長の独占欲が込められていたことを知るのは、それから数年後のこと。
印を見た朽木隊長にそれを指摘されて、浮竹隊長に意味を問えば、隊長は、気付くのが遅いぞ、と笑ったのだった。



2016.11.05
またもや短編なのに長いですね・・・。
他人との距離感が絶妙で、つい、何でも話したくなってしまう。
咲夜さんはそういう存在で、浮竹さんは結構前からそんな咲夜さんに想いを寄せていました。
だからこそ、弱さを見られたくなくて遠ざけようとしたのですが、失敗。
余計手放せなくなるという結果になりました。
ちなみに白哉さんはその辺のことに気付いていたのだと思います。


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