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■ 陽だまりの人A

『寝ちゃったか・・・。』
泣き疲れたらしい朽木は、いつの間にか眠っていた。
連れて帰らないとな。
でも、私、朽木の部屋知らないや。
それとも朽木家に連れて行った方がいいのだろうか。


眠った朽木をどうしようか考えながら、とりあえずお手洗いに行ってこようと席を立つ。
呑んだ上に泣いたから、きっと、酷い顔をしている。
顔を洗って帰ろう。
それで、部屋に帰ったら、お風呂に入って、すぐに寝よう。


「なぁ、白哉。お前から朽木に言ってやってくれないか。海燕が死んでから、彼奴はずっと働き詰めだ。」
お手洗いで顔を洗い、急いで部屋に戻ろうとしていると、そんな声が聞こえてきた。
聞き間違うはずのない、己の隊長の声だった。


声の方を見れば、そこは個室になっている場所で。
気が付かないわけだ、と、内心で呟く。
話しの様子から、朽木隊長もそこに居るのだろう。
あぁ、と、肯定とも否定とも取れるような調子の返事が聞こえてくる。


「白哉・・・。頼む。」
隊長の困った声。
「・・・兄の方が休みが必要なのではないか。副隊長が殉職し、隊長にまで倒れられては隊士が辛かろう。」


「俺は大丈夫だ。俺より朽木だ。朽木は、ずっと自分を責めている。虚を斬ったのは死神として当然のことだった。ただ、その虚の体が、海燕の体と同じだった。本当は、俺がやるべきだったんだ。それなのに、俺の発作のせいで・・・。」


「・・・早く帰って休め。寿命を縮めるぞ。」
深い溜め息とともに聞こえた言葉は、淡々とはしているが、どこか疲れているらしい。
「ルキアのことは、考えておく。今は、仕事に没頭することで均衡が保たれているように思う。倒れるまで好きにさせるがよかろう。では、私はもう帰る。」


す、と障子が開かれて、目の前に現れたのは朽木隊長で。
その奥には少しやつれた浮竹隊長が見えた。
朽木隊長に視線を向けられて、一礼する。
顔を上げると、浮竹隊長が目を丸くしてこちらを見ていた。


「漣・・・?」
『え、と、はい。今、朽木と、ここに来ていて・・・。』
朽木、と名前を聞いた朽木隊長の霊圧が、ぴんと張りつめられたのが解る。
この人も、まだ、朽木への接し方が解らないのかもしれない。
そんなことを思って、内心苦笑した。


「・・・そうか。」
頷きを返す浮竹隊長は、疲れ切っている様子だ。
部下の前で己の疲労を取り繕う気力もないらしい。
草臥れた気配が漂っている。


『聞くつもりは、なかったのですが・・・。』
「いや、いい。朽木は?」
『疲れたのか、眠ってしまって・・・。これから隊舎まで送ろうと思っているのですが、隊長、朽木の部屋、解りますか?』
「さて、どの部屋だったかな・・・。」


「・・・私が連れて帰ろう。」
聞こえてきた静かな声に、目を丸くしながらそちらを見る。
『朽木、隊長が?』
「あぁ。・・・部屋はどこだ。」
『あ、えぇと、こ、こちらです。』


部屋に戻って障子を開ければ、朽木はまだ眠っていて。
なんだかそれに少しほっとした。
静かに後ろをついて来ていた朽木隊長は、躊躇うことなく部屋に入って、ルキアを抱え上げる。
ルキアを見つめるその瞳は、どこか、切なげで、苦しげで。


『・・・朽木は、そんなに亡くなられた奥方に似ているのですか。』
小さく零した言葉は、ほとんど無意識で、慌てて口元に手を当てる。
返されたのは沈黙。
しかし、怒気はなく。
霊圧に揺れもない。


『も、申し訳ございません。不躾な質問でした。』
それでも慌てて頭を下げれば、朽木隊長の視線がこちらに向けられた。
「・・・・・・似すぎているほどだ。性格は思ったほど似ていないが。」
妙な言い方に首を傾げれば、すい、と視線を逸らされる。


思ったほど似ていないとは、どういうことだろう。
疑問に思いつつも、これ以上は答えて貰えないだろうと朽木を眺める。
それから彼女を見つめる朽木隊長の瞳を見て、内心で驚いた。
その瞳は先ほどと違う瞳になっていて、どこか大切そうに朽木を見つめているのだった。


この人だけには伝えておこう。
朽木には秘密にすると言ったけれど。
ふと、そう思った。
きっと、この人は、耳を傾けてくれる。
朽木のことを、大切に思っているから。


『朽木隊長。』
「何だ。」
『さっきまで、朽木は、泣いていました。』
「・・・そうか。」


『失うことを知って居られる朽木隊長だからこそ、出来ることが、あるのではないでしょうか。私は、泣かせることは出来ても、朽木を笑わせることは、出来ません。・・・志波副隊長が居れば、それも出来たのでしょうか。』
返ってくるのは、沈黙だけ。


『でも、もう、副隊長は居ないんです。私たち死神は、死と隣り合わせで、いつ、誰を失うか、解らない。一度失えば、また失うのではないかという恐怖が付き纏う。私は、副隊長を失ったように、朽木を失うのは、嫌です。』
私の言葉に朽木隊長はじっとこちらを見つめる。


「・・・善処しよう。」
暫く交わった視線を外した朽木隊長は、そう言い残して朽木を連れて去っていく。
その腕の中に大切そうに彼女を抱えて。
きっと、目覚めた朽木は、彼が抱えて連れ帰ったなどとは、夢にも思わないだろう。
朽木隊長はきっと、見えないところで朽木を守り、支えているのだ。
それが彼の役目なのかもしれない、と、ぼんやりと思う。


「帰ったのか。」
後ろから聞こえてきた声は、浮竹隊長の声で。
『はい。・・・朽木隊長は、思ったよりも、血の通った人なのですね。』
「お前はたまに失礼なことを飄々と言うよな・・・。」
『あ、いや、すみません。そう言うつもりでは・・・。』


「構わんさ。お前の言う通りだ。彼奴は彼奴なりに、朽木を守ろうとしている。」
『それが解っていても、隊長はもどかしいのですね。』
「まぁな。俺もお前のように、自然に相手に耳を傾けさせられるような言葉と、上手い距離感を保てればいいんだろうが・・・なかなか難しいな。特に白哉は、深入りされるのが嫌いだからな。」


『・・・隊長も、ですか?』
「え?」
『隊長も、深入りされるのは、嫌いですか?』
隊長を見れば、苦笑を返される。


「白哉の次は、俺か・・・。」
『え?』
呟かれた言葉に首を傾げれば、隊長はゆるゆると首を横に振った。
「いや、何でもない。・・・お前、俺に何か聞きたいことがあるんだろう?」
『そんなことは・・・ないとは言いませんけども。』


「答えられる範囲でなら、答えてやるぞ?」
『・・・では、お聞きしますが。』
「何だ?」
『浮竹隊長は、志波副隊長が亡くなってから、泣きましたか?』
私の問いに、浮竹隊長は小さく顔を歪める。


「・・・泣けないだろ。俺は、彼奴を見殺しにした。それだけじゃない。朽木にも深い傷を残させてしまった。俺が、始末をつけるべきだった。無理をしてでも。」
悔しげに呟く隊長の髪が、さらりと揺れる。
俯いた隊長の表情は窺がえない。


『浮竹隊長。』
「なんだ?」
『私、副隊長が死んだってことが、まだ、信じられないんです。隊舎に居ると、ずっと、副隊長の気配がそこにある気がして。いつものように、顔を見せてくれるんじゃないかって。』
「・・・俺もだ。」


『都さんと副隊長みたいな夫婦が、私の理想でした。相手を尊敬して、目に見えない強い繋がりが二人を結んでいて。大好きでした。二人とも。』
「あぁ。」
『それで・・・二人と同じくらい、隊長が大好きで、十三番隊が大好きです。』


なんだか告白でもしている気分だ。
そんなことを思って、小さく笑ってしまう。
私の笑い声が聞こえたのか、顔を上げた隊長がこちらを見て。
その表情が驚きに満ちていて、それがまたおかしくて、笑う。


『あの日。副隊長が居なくなった日。私は、たくさん泣きました。時間が経つにつれて副隊長が居ないことが身に沁みて、毎日、泣きそうになります。涙が零れ落ちてしまう日もあります。』
「漣・・・。」


『でも、そんな時、私の心の中の副隊長が、私を叱るんです。・・・馬鹿野郎。いつまでうじうじ泣いてんだ、って。俺にいつまで泣き顔を見せる気だよ、って。お前らが泣いていいのは、家族が死んだときと、友が死んだときと、隊長が、浮竹隊長が死んだ時だけだ、って。それ以外のことは笑い飛ばせ、って。』


「無茶苦茶な叱り方だな。」
眉を下げて笑う隊長の瞳は、小さく揺れている。
『はい。でも、副隊長らしいです。だから私は、まだ、涙を止めることは出来ないけれど、十三番隊のために、隊長のために、今、出来ること、やらねばならぬことをやります。今のままでは、ずっと副隊長に叱られっぱなしですから。』


そうだ。
私は、十三番隊の第五席なのだ。
副隊長が抜けて、心を折っている場合ではないのだ。
副隊長が愛した十三番隊を守らねばならない。
浮竹隊長を支え、隊士たちを率いなければならない。
そうあるべきだと、副隊長の背中はいつも語っていた。


『浮竹隊長。私は・・・隊長が涙を流さなかったことが、悲しかったんですよ。』
「え・・・?」
『隊長に涙を流させなかったのは、私たちが不甲斐ないからです。隊長や副隊長に支えられっぱなしだからです。それが、悔しくて。副隊長なら、隊長を泣かせることが出来たのかもしれない、とか、そんなことを考えて。自分にその力がないことが、悔しかった。』


「そんなことは・・・。」
『隊長は隊長だから、私たちの前で弱音を吐かないことなんか、とっくの昔に知っていたのに。隊長が、一人で全部を抱えようとすることだって、解っていたのに、副隊長に甘えてばかりで。・・・だから、私は、いつか、隊長に弱音を吐かせられる席官になりますね。隊長の苦しみや、悲しみを、分けて貰えるくらい、信頼させて見せます。』


「・・・はは・・・。」
小さく笑った隊長は、その大きな手で目元を隠した。
「お前は、強いな、漣。」
『そう、でしょうか?』
「あぁ。今のはちょっと響いた。」


『響いた?』
首を傾げた私の気配を感じたのか、隊長は小さく笑って、目元を隠していた手を外す。
「・・・帰るか、漣。隊舎まで送ろう。」
どうやらこれ以上は話して貰えないらしい。
素直に頷いて、先を歩く隊長に着いていくことにした。



2016.11.05
Bに続きます。


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