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■ 陽だまりの人@

「申し上げます。先刻、西流魂街にて、十三番隊副隊長志波海燕の霊圧消失が確認されました。」
浮竹隊長にそう報告する隊士の声は、込み上げる涙を必死に抑えて震えていた。


一瞬の沈黙の後、隊舎のあちらこちらから小さな呻き声が聞こえてくる。
皆が必死で涙を流すまいと思っているのだろう。
だが、皆が涙を堪えられずに肩を震わせている。
私も奥歯を噛み締めて、何とか涙を堪えていたが、その様子にとうとう涙が零れ落ちた。


「・・・そうか。」
頷きを返した浮竹隊長の表情に、いつもの朗らかさはない。
私のような一席官如きでは、隊長の胸中は推し量れないが、ただ、固く握られた隊長の拳が、悔しげで、苦しげで、切ない。


きっと、一番泣きたいのは、隊長のはずなのに、浮竹隊長が涙を流すことはなかった。
ただ、ざあざあと降りしきる雨が、隊長の心の中を反映しているようだった。
その日、十三番隊を包み込んでいた温かな陽だまりが消え去った。
虚にその身を乗っ取られ、仲間を傷つけるという、あの人にとって、一番不本意な形で。
あの人の、大切な妻も一緒に。


あれからひと月が経過した。
通常ならば、隊長の動向を隊士たちが噂して、そろそろ新しい副隊長の候補が上がり始めるのだが、一向にその気配はなく。
執務室の空いた席が、酷く寂しい。
それでも、一日のうち、何度もその席に目をやってしまうのは、私だけではないだろう。


朝、誰よりも早く執務室にやって来ていた副隊長。
昼になれば、隊士たちと他愛もない話をしながら、奥さんのお弁当を食べていた。
夕方、隊士たちの集中が途切れて来ると、もう一息だ、と声を掛けてくれていた。
夜、隊長に一日の報告をして、漸く帰途につく。


十三番隊舎には、いつも、どこにでも、副隊長の気配があって。
それは、今も変わらず。
ずっと、ひょっこりと顔を見せるのではないかと、諦めきれずにいる。
私だけでなく、十三番隊士の全員が。
ただ、その死を目にした、二人を除いて。


「あの、漣五席・・・?」
ぼんやりしていたらしい。
いつの間にか、目の前に朽木が居た。
あの日から彼女は、以前よりも頑なになって、必要最小限しか隊士たちと関わらなくなっている。


『あぁ、ごめん。どうした、朽木?』
「今日の任務の報告書です。確認をお願いします。」
差し出された報告書に内心で首を傾げそうになって、気付く。
・・・あぁ、そうか。
副隊長は居ないのだ、と。


彼女の面倒を任されていたのは副隊長だったから、彼女の報告書はいつも副隊長が見ていた。
副隊長が居なくなってからは、私がその役目を引き受けたのだった。
自分から引き受けたはずなのに、この様とは。
私自身、副隊長が居ないことを受け入れられていないのだ。


『・・・うん。確認しておく。』
「よろしくお願いします。」
一礼して去っていこうとする彼女は、危うい均衡を保っているのだろう。
その小さな体は、すぐにでも崩れ落ちそうだった。


『朽木。』
「はい?」
呼び止めれば、彼女は不思議そうにこちらを見る。
その瞳は、やはり傷ついていた。


『今日、定刻であがれそう?』
「え?あ、はい。」
『その後の予定は?』
「いえ、特には・・・。」


『・・・よし。それじゃ、ご飯行かない?私も定刻であがれそうなんだ。あ、もちろん私の奢りだから安心して?』
「えぇと・・・。」
『朽木家のご飯程じゃないかもしれないけど、美味しいとこ連れてってあげるからさ。ね?』


「・・・はい。」
逡巡の後返ってきたのは、小さな頷きで、小さくほっとする。
『うん。じゃ、仕事が終わったら、私のところにおいで。』
「解りました。」
生真面目に頷いて、彼女は踵を返す。
それを見送って、自分も仕事に戻った。


数刻後。
ふ、と光が遮られて、書類から顔を上げる。
目の前には朽木が所在なさげに立っていて、小さく笑った。
『来たね。ちょっと待って。・・・よし。行くか、朽木。』
机を片付けて立ち上がれば、朽木は私の三歩後ろをついて来るのだった。


『・・・でね、京楽隊長、そのまま外で寝ちゃうんだよ?浮竹隊長と私で抱えて隊舎まで運んだんだけどね。』
「それは、大変でしたね・・・。」
『でしょ?』
他愛もない話をして、料理を突く。


酒も進んで、少々酔いが回ってきているらしい。
自分でも饒舌になっているのが解る。
朽木は私の話に相槌を打ちながら、静かに箸を進めていた。
箸遣いが綺麗なのは、朽木家の教育の賜物なのだろうか。


『・・・ねぇ、朽木。』
ぼんやりと彼女の箸遣いを眺めながら、酒を一口煽る。
「はい?」
『綺麗に食べるね。』
「そう、ですか?」


『うん。・・・志波副隊長もさ、あんな感じだったけど、食べ方綺麗だったよね。』
口にした言葉に、しまった、と思う。
だが、酒が回った口は、そのまま言葉を紡いでいく。
『ねぇ、朽木。ちゃんと泣かないと、ずっと、辛いよ。』
息を呑んだ気配がして朽木の顔を見れば、これ以上ないほど目を丸くしていた。


『ねぇ、朽木。泣いていいんだよ。』
「・・・そ、そんな資格は、私には、ありません。」
箸を置いた朽木は、俯きながら呟きを漏らす。
『何で?副隊長を止めたのが、朽木だったから?』
「・・・はい。」


『だから、ずっと、下を向いているの?・・・朽木、こっちを見なさい。』
手を伸ばして俯く顔を持ち上げる。
こちらを見る瞳は揺れていた。
その瞳に映る私の瞳も、揺れている。


『副隊長は、朽木を可愛がってたよ。毎日、朽木、って、君の名前を呼んでいたよ。私にはそれが、お前はちゃんとここに居ていいんだ、って、言っているように聞こえたよ。お前は十三番隊の仲間だぞ、って。だからここにちゃんと居ろよ、って。朽木家だろうがなんだろうが、お前はお前だろ、って。』


朽木。
副隊長は、何度もそう呼んだ。
彼女がミスをすれば叱り、成果を上げれば粗雑に彼女の頭を撫でた。
戸惑ったようにそれを受け入れて、頭がぐしゃぐしゃになる。
そんな光景が、日常だった。


『私も、そう思うよ。だからさ、朽木。一人になっちゃだめだよ。一人で苦しむなんて、誰も望んでいないよ。朽木がやったことは、死神として当然のことだったよ。あの場に居たのが私でも、君と同じことをしたよ。だって、副隊長に、仲間を傷つけて欲しくないから。それだけ大切な、私の副隊長だったから。ねぇ、朽木もそうだったでしょう?』
「は、い・・・。」


『そんな副隊長が居ないって、悲しいね、朽木。』
「・・・はい。」
『また、会いたいね、朽木。』
「っはい・・・。」


じわりと溢れてきた涙を、必死でこらえる。
まだ、私は泣いてはいけない。
朽木を、先に泣かせなければ。
私はもう、一度、副隊長を失った日に、たくさん泣いたから。
失ったものが大きすぎて、何度涙を流しても、足らないけれど。


『悲しいときは、泣いていいんだよ、朽木。』
「・・・ふ、う・・・。わ、私が、な、泣く、わけには、いきません。」
『意外に強情だなぁ、朽木は。』
言いながら、がしがしと彼女の頭を乱雑に撫でる。
副隊長がそうしていたように。
すると、朽木の大きな瞳から、ぼろぼろと涙が零れ落ちた。


『やっと泣いたな?・・・よしよし。たくさん泣きなさい。泣いたことは秘密にしてあげるから。』
「も、申し訳、ありません・・・。」
『謝ることなんて、ないんだよ。副隊長は、きっと、謝罪より、感謝の言葉の方が、喜ぶよ。そういう人だよ、うちの副隊長は。』
「は、い・・・。」
それから暫く、朽木と二人でたくさんの涙を流しながら、副隊長の話をたくさんした。



2016.11.05
なんだかルキア夢みたいですね・・・。
Aに続きます。


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