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■ each otherF

ふわり、と何かに撫でられた気がして、意識が浮上する。
重い瞼をゆっくりと開けると、見えたのは天井。
ゆらゆらと揺れる光が映っていることから、既に日が落ちているらしい。
・・・気のせいだったのかしら。
そう思って起きあがろうとすれば、まだ寝ていろ、と静かな声が飛んできた。


『白哉様・・・?』
視線を少しずらせば、文机に向かっている白哉様の横顔が見える。
何かを書いていたらしく、筆をおいてから、こちらを振り向いた。
貴族の集会でもあったのか、その身に纏っているのは死覇装ではない。
手を伸ばせば届きそうな距離に、少し戸惑う。


『わ、たし、は・・・。』
「あの後すぐに眠りに落ちたのだ。・・・清家が無理を言ったようだな。父君への説明は、私がすべきであったのに。その上体調を崩していることにも気付けなかったとは。無理をさせた。」


『いえ・・・。私が自分でそうすると申し上げたのです。私の方こそ、己の体調管理もままならず、ご迷惑をおかけ致しました。申し訳ございません・・・。』
「謝るのはこちらの方だ。そなたを一人にしていたのだから。話し相手さえ碌にいないというのは、堪えただろう。気が利かず、申し訳ない。」


申し訳なさそうな白哉様の声が、どこか優しくて。
朽木家に来てから不便を感じたことなどないし、用意される着物や簪も、私好みのもので。
細部まで気を回して頂いていることは、朽木家に来てからすぐに解った。
実際、漣家に居た頃よりも快適だった。
父は、姫らしい私にしか、興味がなかったから。


『どうして・・・どうして、欲しい言葉をくださるのが、白哉様なのでしょう・・・。』
漏れた呟きは、小さく震えている。
父とのやり取りを思い出して、涙が出そうになる。
父などと比べるのは烏滸がましいのだけれど、白哉様の方がずっと優しい。


「父君と、何かあったのだな?」
涙を流してしまった私を見て、何か予想はしていたのだろう。
確信を持って問われて、頷くしかなかった。
そんな私に、そうか、と頷きを返して、白哉様はそれ以上は聞いてこない。
私がそれ以上を話さないことまでも、見透かしているのかもしれなかった。


『・・・何故、白哉様は、あの時間、邸に居られたのですか。』
「そなたの文を読んで、そなたと向き合わなければと思った。当主会議があった故、着替えるついでにそなたの顔を見ようとしたら、漣の当主がそなたに会いに来ていると聞いた。」
どこか気まずそうな白哉様に、あることに気が付く。


『私と、父の話を、聞いていたのですね。』
呟けば、白哉様の瞳が丸くなる。
『余計なお話を、お耳に入れてしまいましたね。申し訳ございません。聞いていて気持ちのいい話では、ありませんでしたでしょう。』


「いや。無茶を通したのは、私だ。ただ、ルキアを朽木家に入れたのは、約束だったのだ。どうしても、その約束だけは、守りたかったのだ。」
どこか苦しそうな白哉様に、首を傾げる。
『約束・・・?』


「・・・ルキアには、伝えていないが、あれは、緋真の、妹なのだ。緋真は、ずっと、探していた。自らが生き残るためにまだ赤子だった妹を捨てたことを、悔やんでいた。だから、もし、見つかったら。その時は、自分のことは伏せて、私を兄と呼ばせてやって欲しいと。」


『では、緋真様に似ておられるから引き取ったというのは・・・。』
「それは、真実ではない。初めて会った時、似ていることに驚いた。似ている故に、気持ちの整理がつかなかった。あれの顔を見るのが辛くて、避けている間に、どう接すればいいのか解らなくなった。」


『・・・白哉様。』
苦しげな彼に、手を伸ばす。
その手を、彼は握ってくれた。
大きくて、温かい手。
たくさんのものを抱えて、たくさんのものを守っている手。


『白哉様。お一人になられてから、一度でも、涙を流したことは?』
「・・・緋真が死んでからは、一度も。」
『涙というものは、寂しすぎると、出てこないものなのかもしれませんね。朽木家に来てからの、私のように。』
小さく笑えば、白哉様の瞳が揺れる。


『白哉様を責めるつもりなど毛頭ございませんよ。・・・私が、今日、泣いてしまったのは、白哉様が優しかったからなのです。あのような父でも、私の父で。実は、私の現状を知れば少しは心配してくれるのではないかと、期待をしておりました。その期待は、ああいう形で裏切られましたが。ですが・・・。』


それと同時に、解ってしまった。
私は、誰かに愛されたかった。
どんな愛でもいいから、ずっと、温かなものが欲しかった。
あの時、白哉様が部屋に入って来た時。
感じたのは、安心感だった。


『白哉様のお蔭で、涙を流すことが出来ました。』
その言葉と一緒に、目尻から涙が零れ落ちたのが解る。
しかし、その表情に浮かんでいるのは微笑みで。
朽木家に来てから、いや、これまで生きてきた中で、心から笑ったのは、初めてだった。
自分がこれまでになく柔らかく微笑んでいることが自分でも解った。


「咲夜・・・。」
『ふふ。初めて、名前を呼んでくださいましたね。』
「済まぬ、咲夜。」
『いいのです。ねえ、白哉様?』
「何だ?」


『私では、白哉様のお力にはなれませんか。』
そう問えば、白哉様は目を丸くする。
『白哉様のお力になりとうございます。ですが、私は、ほとんど邸の外に出ることもなく育ち、何も知りません。だから、この婚約は破棄してください。』


もっと白哉様とお話したいのに、身体はまだ本調子ではないらしい。
白哉様の体温に安心して、思考がぼんやりとして来た。
私の言葉を聞いた白哉様の手に力が入ったのが分かって、なんとか言葉を続ける。


「それは、どういう・・・。」
『自分の力で、立ってみたいのです。どんなに、礼儀作法が出来ても、芸事が出来ても、それが出来なければ、白哉様のお隣に立つことなど出来ますまい。それで・・・もし、私が、そうあることが出来るようになったのならば。そして、白哉様が、そんな私を見つけて、私自身が欲しいと思ったならば。その時は、覚悟を決めて、白哉様に、お供いたします・・・。』
これでは言い逃げのようだと思いながらも、襲って来た眠気に抗えず、眠りに落ちたのだった。



2016.10.25
場所はきっと白哉さんの私室です。
Gに続きます。


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