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■ 紅C

宴から三日後。
突然の軍団長からの呼び出しを受けて、咲夜は二番隊舎にやって来ていた。
いつものように、迷路のような隠し通路を使って、直接隊主室へと足を踏み入れる。
そこには何故か白哉様が居て、目を丸くした。


「揃ったな。ここへ来い、咲夜。」
『はい、砕蜂様。』
呼ばれるままに砕蜂様の前に移動して、片膝をつく。
上官がこちらに向ける視線は冷たい。


「用件は何だ、砕蜂隊長。」
静かに口を開いた彼も、用件は知らされていないらしい。
どこか不機嫌そうな表情であることから、無理やりこの場所に連れてこられたのだろう。
その態度が気に入らないのか、砕蜂様の瞳が鋭くなる。


「貴様、咲夜を引き抜く気であろう。」
「何の話だ?」
小さく眉根を寄せた彼は、チラリとこちらを見た。
窺うような視線だったが、話が読めないので首を傾げるしかない。


「惚けるな。ここ三日程貴様ら二人の噂で持ちきりだ。」
苛立たしげに言い放つ砕蜂隊長に、さらに首を傾げる。
彼もまた、首を傾げたようだった。


「婚約とは、一体どういうことだ!」
これ以上ないほど睨まれているのだが、己の上官の言葉に目を瞬かせる。
『一体、何のお話なのですか?婚約とは、いったい誰が・・・?』
「貴様ら二人に決まっているだろう!!」


『「は・・・?」』
思いがけない言葉に、二人で唖然とする。
互いに互いを見て、まじまじと相手の顔を見た。
白哉様は目を丸くしていて、自分も同じような顔をしているのだろうと考える。
暫く沈黙が降りて、白哉様は気を取り直したように砕蜂様に視線を移した。


「・・・一体、何の話だ?」
あまりにも不思議そうに問うその姿に、砕蜂様も何かおかしいと感じたらしい。
「朽木白哉と漣咲夜の婚約が決まったと聞いたが・・・違うのか?宴の席から二人で姿を消したという証言もあるようだが?」


宴の席・・・。
それは、三日前の宴のことだろうか?
二人で宴から抜け出したのは事実だが、白哉様はすぐにお帰りになられたし、私も姿を消しながらそのまま隊舎に帰った。
ん?
そのまま隊舎に帰った?


「誤解だ。」
『誤解です!』
お互いに同じことに思い至ったらしい。
慌てて出た否定の言葉に、砕蜂様は首を傾げる。


「宴から逃れたのは事実だが、すぐに別れた。」
『そうです!お見合いのような宴から抜け出すのに、二人で共謀しただけで・・・。』
「では、咲夜は持ち帰られて手籠めにされたわけではないのか?」
『持ち帰られ・・・!?ち、違います!!私はあのあとすぐに隊舎に戻りました!』


「それならば、何故、婚約だなどという話になっているのだ・・・?」
『そ、れは・・・。』
「・・・一応聞くが、そなた、あの日、一度家に帰ったか?」
ちらりと向けられた視線は、私の答えが己の考えと違っていることを願っているような視線だ。


『いえ・・・。そのまま隊舎に戻って、両親に顔を見せることもしていません・・・。』
「そうだろうな・・・。私もそのまま隊舎に戻った故、あの日は邸に帰らなかった・・・。」
お互いの言葉に、お互いに落胆する。
溜め息を吐きそうになるのを、辛うじて抑え込んだ。


「それは、つまり・・・盛大な勘違いがなされているというのだな?」
『そのようにございます・・・。そして・・・。』
「恐らく、家臣たちが、その噂に乗じて、私たちを婚約させようとしているのだろうな・・・。」


『も、申し訳ございません、白哉様。わ、私が、考えなしにいつものように隊舎に戻ってしまったばかりに・・・。』
「いや、私の方こそ軽率だった。あの場で、あのように抜け出して互いに邸に帰らないのでは、あらぬ誤解を招くことは明白だというのに・・・。」


・・・この大事な時に。
咲夜は内心で舌打ちする。
恐らく、大きな騒ぎになっていることだろう。
そんな騒ぎの中心に居ては、隠密機動の仕事を熟すには目立ちすぎる。
ましてや、私の両親は私をどこかに嫁がせて死神を辞めさせようとしている。
家臣だけではなく、両親もまた、この噂に乗じることは想像するに易い。


「その様子を見る限り、二人とも本当のことを言っているようだな。・・・しかし、噂は既に瀞霊廷中に広まっているぞ。」
砕蜂様の言葉に、青褪めるしかない。
刑軍の務めを果たせない上に、婚約の方もすでに取り返しのつかないことになっている・・・。


「否定したところで、時すでに遅し、という訳だな・・・。」
隣の男の呟きに、内心で盛大な溜め息を吐く。
この三日間、任務で流魂街を駆け回っていて、瀞霊廷の状況に気付くことが出来なかった自分が憎い。


「しかし、最悪のタイミングだな。」
腕を組む砕蜂様は、苛立たしげに空を睨む。
数年かけて張った罠が、台無しになる可能性が出てきているのだ。
そして、その罠を張るための作業が、私に血染めの姫という通り名を付けた大きな要因となっていた。


何か、手を打たねば。
数年かけて張った罠を、今になって台無しにするわけにはいかない。
この罠を台無しにしてしまえば、再び罠を張り直すのに数年かかる。
その数年は、標的が逃げるのに十分な時間だ。


少し考え込んで、あることに気付く。
砕蜂様を見れば彼女もこちらを見ていた。
それから二人で白哉様に視線を向ける。
視線を向けられた彼は、怪訝そうな顔をする。



2016.04.01
Dに続きます


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