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■ 紅B

「見て、白哉様がいらっしゃるわ。」
「本当だわ。いつ見ても麗しい方。」
「でもいつまで経ってもお相手を選ばれないわね。」
「未だ亡くなった奥方を想っていらっしゃるとかで、どんな姫が相手でもすぐに断られてしまうそうよ。」


「あら。それはつれないわねぇ。でも、いい加減そうも言ってはいられないのじゃないかしら。」
「そうね。朽木家には跡継ぎが必要ですもの。」
「ましてや白哉様は隊長を務めておられる方。死神って、危険なお仕事だと聞くわ。もしもがあっては、朽木家の血が絶えてしまう。そのうち誰かをお選びになるはずよ。」


「ねぇ、咲夜様もそう思われるでしょう?」
『そうですわね・・・。』
適当に頷きながら、内心で盛大なため息を吐く。


両親に呼び出されて家に帰れば、招待状を渡された。
父の名代として、宴に参加しろとのことだった。
嫌々ながらも大人しくそれを了承して、わざわざ非番を取って宴に顔を出してみれば、独り身の貴族の青年と姫が集められていて。
この宴の裏には相手を探すという目的があるのだろうと察する。


その中心にいるのはやはりというべきか、あの朽木白哉で。
いや、彼がこんな席に居るのも何となく違和感があるのだが。
その姿を見た瞬間に思わず顔を伏せて、座敷の隅に移動したのは一刻ほど前のこと。
姫に纏わりつかれて内心げんなりした様子の彼は、姫たちの質問に言葉少なに返事を返しながら、静かに酒を呑んで逃げ出す機会を伺っているようだった。


「あら?もしかして、咲夜様、白哉様に見惚れていらっしゃるの?」
彼の動きを警戒して、意識の半分を彼に向けていたのがいけなかったらしい。
思いがけないことを言われて、反応が遅れた。
慌てて首を横に振って、否定の意を示す。


『そう言うわけではありませんわ。』
「またまた。朽木家の当主である上に、あのお姿ですもの。誰もが憧れるのは仕方ありませんわ。」
楽しげな目の前の姫が、小憎らしいのは何故だろう。
何となく、とんでもないことをしでかしてくれそうな予感がするのは、何故だろうか。


「そういうことなら、私たちもあちらに行ってみましょうか。あ、安心してね。私は白哉様のお顔をもっと近くで見たいだけなの。」
『いや、あの、私は・・・。』
「良いから行きましょ!さぁ、早く!」


抵抗する間もなく、腕を掴まれて引っ張られる。
一直線に彼の元へ向かっている彼女の歩みは、無駄に力強い。
腕を振り払いたいが、多くの貴族が居るこの席で揉め事は起こしたくなかった。
彼との距離を測るために、一度彼の方を見れば、思わず目が合って、思考が停止する。
一瞬の後、見つかってしまった、と内心で頭を抱えた。


「失礼いたします、白哉様。」
物怖じすることなく姫たちをかき分けた彼女は、これまた物怖じすることなく彼に話しかける。
短い返事をしながらも、彼の瞳はこちらに向けられていて、その視線から逃れるように彼に頭を下げた。


『・・・お初にお目にかかります。』
「漣家の咲夜姫か。」
確信をもって言われて、息を呑む。
ひたとこちらを見つめる瞳に、全身が硬直した。


何故、彼は私のことを知っているのだろう。
素顔を見せたのは遠い昔の一度だけ。
夜一様に連れられて、料亭に行った際に、偶然顔を合わせただけ。
それも一瞬のこと。
彼は夜一様を見るなり、足早に去って行ってしまったから。


一週間前は、目元しか見えていなかったはず。
だとしたら、護廷隊内で顔と名前を覚えられている?
いや、それもないはず。
私は軍団長閣下の側近ではあるが、二番隊の席官ではない。
自分の隊の隊士ならともかく、他隊の名のない隊士を覚えているなんてことがあるのだろうか。


『何故・・・。』
「幼い頃、一度だけ、そなたを見舞ったことがある。ある人物に連れられてだが。今日は顔色が良いようで何よりだ。」
淡々と言われた言葉に、思考を巡らせる。


見舞いとは、なんだ?
幼い頃ということは、彼が少年だったころの話か?
でも、その頃の私は、護廷隊に入隊したばかりで・・・。
それに、ある人物・・・。
思い当たることが、一つだけあった。


初めて人を殺して、寝込んだ時。
熱に魘されながら掌に残る血の感触に震えていた私に、その手は穢れてなどいないと、声を掛けてくれた人物。
夜一様と一緒に見舞いに来たことから、あの方の弟君である夕四郎様だと思っていた。


『あ、れは、白哉様、だったのですか・・・?』
「そなたは私をあの女の弟だと勘違いしていたようだが。」
そんな言葉と共にからかうような視線を向けられて、思わず顔を両手で覆う。
顔から火が出る、とはこういうことをいうのだろう。


『も、申し訳ありません・・・。そうとは存じ上げず、ご無礼を・・・。』
「構わぬ。かなりの高熱を出していたのだから。」
『ですが、白哉様に看病をさせるなど・・・。その上お礼すら申し上げていなかったとは・・・。』


「良い。あの女の戯れに付き合わされただけだ。」
『ですが・・・。』
「気が収まらぬのならば、少し、手を貸して貰えるか。少々酔った。夜風に当たりたい。」
『そ、それはもちろん。』


ゆっくりと立ち上がる彼に手を貸せば、彼の体温が感じられて。
あぁ、確かにこんな体温だった、と、あの日の記憶が呼び起される。
歩き出したその体を支えようと力を入れるが、一向に重さが感じられないことに首を傾げた。


彼を見上げれば、涼しい瞳が向けられて。
酔ったふり・・・。
どうやら逃げ出すための口実だったらしい。
それに気付いて力を抜けば、彼の瞳が笑った気がした。


「・・・ここで良い。」
外に出て、暫くするとそんな声と共に寄り添っていた体が離れて行った。
『嘘がお上手なのですね。』
「そなたも私の嘘に付き合っただろう。」
『私も早々に抜け出す方法を考えていたところだったので。』


「そうか。私はそれだけの理由でそなたの手を借りたわけではなかったが。」
『え?』
「・・・今も、昔のように体温があるのかどうか、確かめたくなった。」
『それは、どういう・・・?』


「さぁな。私自身もよく解ってはおらぬ。だが、そなたにはちゃんと血が通っている。それが解った故、満足だ。」
その言葉通り、彼の表情はどこか満足げだ。
「・・・では、私は帰る。そなたは、青も似合うのだな。」
そう言い残して、彼は去っていく。


青も似合う。
今日着ているのは真っ青な着物で。
彼の視線がそれを見ていたことから、自分の着物のことだとすぐに理解する。
その言葉が、青以外の色も似合っているという意味を含んでいることにもすぐに気付いた。


彼は、私が何者であるのか、気付いているのだ。
一週間前に合った女が、あの血染めの姫が、私であると。
それでも彼は、私の手を振り払ったりはしなかった。
いや、私に手を貸してほしいと言ったのは、彼だったけれど。


しかし、あの時の私の姿を見て、似合うとは、何だ?
普通は恐れるのではないのだろうか。
全身が血に塗れた姿など。
あんな血腥いものを見て、似合う似合わないを考えるなど、普通ではない。


『・・・変なひと。』
思わず漏らした呟きに、慌てて辺りを見回す。
誰も居ないことにほっとして、誰かに見つかる前に退散しようと周りに結界を張る。
いつものように地面を蹴ろうとして、やめた。


急いで帰る必要もないのだ。
このままゆっくりと隊舎に帰ろう。
たまにはそれもいいだろう。
そう考え直して、足から力を抜く。


人が通り過ぎるたびに、息を潜める。
いつもならば気を張りつめるのだけれど、今日はかくれんぼでもしているような気分になって、少し楽しかった。



2016.04.01
Cに続きます


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