Short
■ 夢の先

『へぇ。君が噂の朽木白哉か。』
突然声を掛けられて、その声のする方を向く。
その先に居たのは女。
・・・面倒だ。
そう思ったのが表情に出たのか、彼女は私の顔を見て苦笑する。


『そう嫌な顔をしないでくれよ。私は漣咲夜。一番隊の九席だ。よろしく、新人君。』
言いながら手を差し出されて、その手を眺める。
確かに私は今季入隊したばかり。
じい様率いる六番隊の席官ではあるが、まだまだ新人であるために彼女の言葉は事実である。
多少言い方に不満はあるが。


しかし、相手は女傑と名高い漣咲夜。
猛者揃いの一番隊で唯一の女性席官である。
浮竹や京楽と同期で、総隊長の下で研鑽を積んだ者。
当然のことながら、死神歴も長い。
この私に気易く話しかけ、握手まで求めることにも納得がいく。


「・・・よろしくお願いします、漣九席。」
逡巡した結果、差し出された手を握り返した。
『あはは。硬いなぁ。咲夜でいい。呼び捨てで構わない。面倒だから敬語もいい。』
「しかし・・・。」
『いいんだよ。敬称も敬語も、時間の無駄だ。必要な場でだけ使えばいい。私も君もそんなに暇じゃないだろう。』


確かに彼女の言う通りではある。
しかし、敬語はともかく呼び捨てとは如何なものか。
それも初対面の女であるのだ。
『あ、なんか余計なことを考えている?私がいいと言っているのだから、いいんだよ。朽木家の跡取りは謙虚だねぇ。』
言われて白哉は目を丸くする。


謙虚などと言われたのは初めてだ。
朽木家の者らしく振舞えば、傲慢だとか、生意気だとか言われるのだ。
もちろん、私の前では私に媚び諂うものばかりだが。
陰でどのように言われているか知らぬ私ではない。
それなのに、目の前の女は私に謙虚だといった。


「・・・そのように言われたのは、初めてです。」
そう答えるが、答え方が気に入らなかったらしい。
『敬語。言い直し。』
じとりと視線を向けられる。
言い直すのは時間の無駄とは言わぬのだろうか。
そう思いながらも、彼女の機嫌を損ねた方が面倒そうなので、口を開く。


「・・・そう言われたのは、初めてだ。」
静かに言うと、目の前の彼女は満足そうに笑った。
『そうだろうね。でも、君は謙虚だよ。「朽木家らしく」振舞っているだけでね。周りが君をちゃんと見ていないだけさ。朽木家に生まれるなんて、苦労するねぇ。』
初対面のはずなのに見抜かれているようで少し落ち着かない。


『おっと、そろそろ行かなくちゃ。適当に頑張れよ、朽木白哉。君が隊長にでもなったら、何か奢ってやろう。』
彼女はそういって私に背を向けて返事も待たずに歩き出す。
その後ろ姿に、何か言わなければ、と何故か心が急いた。
「咲夜殿・・・咲夜!私も、白哉でいい。」
その声が聞こえたのか、彼女は振り向くことはしなかったが、手を上げて去って行った。


『・・・や。・・・きろ。・・・白哉!!起きろ!』
突然そんな声が聞こえてきて、頬に痛みを感じる。
瞼を開けると、目の前には咲夜がいて私の頬を抓っているようだった。
・・・夢。
私はいつの間にやら眠っていたようだ。


「・・・痛いぞ。」
不満げに言えば、すぐに頬から指が離される。
『痛いぞ、じゃない!突然寝るな!何かあったのかと、心配しただろう!』
言われて先ほどまで彼女と話していたことを思い出す。
今日は珍しく二人の非番が重なり、咲夜が朽木邸にやってきているのだった。


「済まぬ。何でもない。」
そう言えば、心配そうな顔で私の顔を覗き込んできた。
『本当に?』
「あぁ。」
『じゃあ、実はすごく疲れていたりするのか?』
「違う。」


『昨日の夜はちゃんと眠ったか?』
「寝た。」
『本当に?君は放って置くと夜の散歩から帰らないらしいじゃないか。』
疑わしげに見られて、内心苦笑する。
「本当だ。昨夜は散歩にも行っていない。」


『君はすぐに無理をするからな。隊長と当主の仕事を両立しているだけでも忙しいのに、貴族で諍いがあると君が駆り出される。非常事態が起これば、さらに忙しい。』
咲夜は不満げに言った。
「私が自分で選んだ道だ。」
『そうだけど。だからと言って無理をしていいわけではないぞ。それに、せっかくルキアの誤解が解けたんだ。兄妹の時間をもっと作ってやれ。』


「・・・では、そのために咲夜との時間を削ってもいいのか?」
意地悪く問えば、彼女は目を丸くして、それからおろおろと視線を泳がせる。
『そ、それは・・・。』
「私も咲夜も忙しかろう。こうして二人の時間を取ることが出来るのも稀だ。」
『うん・・・。』
「私は、咲夜との時間を大切にしたい。咲夜はそうではないのか?」
『それは私も、そうだが・・・。』


「ルキアとのことはそう急ぐ必要もあるまい。ルキアは、私の妹だ。」
言いながら彼女を抱き寄せる。
『・・・そうか。』
彼女はそれに逆らうことなく私に凭れ掛かってきた。
夢の中の彼女からは想像が出来ないことに、おかしくなる。


あの彼女が、私の腕の中に居るとは。
ここへ来るまで色々なことがあった。
父母を失い、妻を失った。
何度も命を落としそうになった。
妹を失いそうになった。
だが・・・。


その度に、彼女が傍に居てくれた。
それに何度助けられたことだろう。
押し潰されそうになる私を支え、闇に呑まれそうになる私に手を差し伸べてくれた。
いつからか、そんな彼女が大切になって。
支えられるばかりでなく、彼女を支えたいと思った。


思いが通じたのは最近のこと。
聞けば、彼女もまた、いつからか、私のことを想っていたらしい。
それがどれほど幸福なことか。
互いに忙しく、顔を見ることすら出来ない日もあるが、彼女と共にありたいと、思う。


「・・・咲夜。」
『んー?』
「温かいな。」
『うん。そうだね。白哉はあったかいよ。』
「・・・好きだ。」
『知っている。私も好き。』
「愛している。」
『・・・私も、愛している。』


ちらりと見た彼女は、耳が赤くなっていた。
赤くなっている自覚があるのか、私の着物に顔を埋めている姿が愛らしい。
「咲夜。」
『どうした?』
「私の妻になれ。」
『ふふ。またそれか。』


「いい加減、返事を聞かせろ。」
呆れたように言いながらも、内心は穏やかでない。
『・・・うん。いいぞ。白哉の妻になってやる。』
「何故偉そうなのだ。」
『君だって命令形じゃないか。』


「私はいいのだ。」
『・・・白哉、生意気だよね。』
「五月蠅い。」
『あはは。でも、君が夫なら怖いものなどない。』
「それなら最初から頷け。」
『それはほら、簡単に手に入れられると思われるのは癪というか。』
楽しげに言われて思わずため息が出る。


「一体、どの辺が簡単だったのだ・・・。」
浮竹や京楽の過保護ぶりを思い出して、げんなりとする。
『まぁ、いいじゃないか。私は今、白哉の腕の中に居るのだから。』
「今だけか?」
『ふふん。これから先、ずっと、だよ。』


「そうか。では、手始めに、私に抱かれていろ。」
『へ?うわ!?』
彼女を抱え上げて私室へと足を向ける。
『ちょっと、白哉!?』
「これから先、ずっと、私の腕の中なのだろう?」
『そ、れは、そうだが!そういうことじゃなくて!』


「すぐに私の妻となるのだから、問題ない。」
『私にも心の準備というものが・・・聞いているのか!?』
「大丈夫だ。極力優しくする。」
『大丈夫じゃない!』
「五月蠅い。大人しくしろ。口を塞ぐぞ。・・・それとも、私に朝まで付き合うか?」



『な!?・・・いや、それは・・・明日も、仕事があるし・・・。』
「そうだな。では、大人しくしていることだ。」
『・・・。』
腕の中から不満げな視線を向けられているが、そのまま歩を進める。
『・・・生意気。』
「自覚はある。」
『可愛くない。』
「知っている。」
『・・・やっぱり生意気。』


「だが、そんな私が好きなのだろう?」
ちらりと視線を送れば、彼女は悔しげに見上げてくる。
『・・・朝までは、付き合わないからな。』
顔を赤くしながら拗ねたように言われて、思わず笑う。
「あぁ。」


懐かしい夢を見た。
夢の中の彼女は笑い、夢が覚めても彼女は私の傍に居る。
なんという幸福。
彼女もそうであるといい。
いや、彼女にも幸福でいてもらおう。
共に歩むと決めたのだから。



2016.03.11
白哉さんは相手を決めたら色々と早そうです。
何度か妻になって欲しいと伝えているのですが、咲夜さんは返事を先延ばしにしていました。
たぶん、浮竹さんと京楽さんの入れ知恵。
咲夜さん自身は、すぐにでも返事をするつもりだったはず。


[ prev / next ]
top
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -