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■ 紅@

「・・・や、やめてくれ。か、金ならいくらでも渡す。地位もくれてやる!だから、命だけは・・・!!」
目の前には命乞いをする男。
周りには男の部下たちの亡骸。
辺りに立ち込めるのは、血の匂い。


これほど血を吸った畳はもう使えないな。
そんなどうでもいいことを考えて、斬魄刀を操る。
霧状の刃は難なく男の体を切り裂いて、血飛沫が上がる。
天井まで達したそれを見て、これではもう人が住むことなどあるまいと、主を失った邸に同情した。


刃を鞘に収めれば静寂が訪れる。
己の顔に付いた血を拭おうとして、すぐに止めた。
身に纏う刑軍装束は既に血を吸っていて、拭ったところで意味がなかったからだ。
早く帰って血を洗い流そう。
そう思って踵を返せば、部屋の入口に何者かの影がある。


『・・・誰だ。』
暗器に手を掛けながら鋭く問えば、ゆらり、とその影が動く。
見えたのは、白。
選ばれた者しか着ることを許されないそれに、気配を感じなかった理由を悟って、暗器から手を離した。


「すべて、そなた一人の仕事か?」
淡々とした声からは、この惨状への驚きも、嫌悪感も感じられない。
『はい。』
「そうか。・・・退け。後始末はこちらで引き受ける。」
またもや淡々と言われた言葉に頷いて、姿を隠してその場を立ち去った。


ぴちゃん。
髪を流れ落ちる雫が、浴槽の水面を打って、水音が浴室に響く。
・・・また一つ、白から遠退いた。
内心で呟いて、ため息を吐く。


手でお湯を掬ってみるが、お湯は指の隙間から流れ出ていく。
血を洗い流したその手は一見普通の女の手である。
しかし、その手は一刻ほど前に多くの命を奪った手で。
温い血の感触が生々しく残っている。


己の身が返り血で紅く染まることを厭わなくなったのは、いつのことだったか。
人を殺すことを躊躇わなくなったのは?
己の身に沁みついた血の匂いを気にしなくなったのは?
同類が纏う血の匂いを嗅ぎ分けられるようになったのは?


・・・もう遠い昔のことのような気がする。
上流貴族の姫として生まれ、死神の才を見出されて死神となった。
配属されたのは二番隊。
両親は反対したが、当時のニ番隊隊長兼隠密機動総司令官、四楓院夜一のご指名とあっては、貴族の立場上、断ることは出来ない。


全てのニ番隊士が隠密に携わる訳ではないと両親を説得し、死神となった。
もちろん、総司令官直々のご指名であったから、隠密機動に属することになるだろうという予感はあったが。
実際、ニ番隊に配属されてから直ぐに刑軍に所属することになった。


新人ながらも軍団長が直々にご指導くださっていた。
強さこそが美しさ。
そう言う人で、その背中を追いかけたいと思った。
任務を共にすることで、その思いは強くなっていった。


だが、始めのころは血の匂いを嗅ぐだけで手が震えるほどだった。
初めて人を斬った時は、全身が震えて、邸に帰ってから何度も嘔吐した記憶がある。
熱を出して、一週間ほど寝込んだ。
何とか復帰してからも毎晩のように悪夢に魘されていたことを覚えている。


『・・・そんな私が、今や軍団長閣下の側近、だなんて。』
自嘲を含んだ呟きが浴室に小さく響く。
未だ、そのことは両親には伝えていない。
そのため、両親は私をどこかに嫁がせて、死神を辞めさせようとしている。


恋愛。
結婚。
睦言。
どれも私には遠くの世界の出来事にしか思えない。
血に塗れたこの身が、それを享受してもいいとは思えない。
それでも、白への憧れは強く。


『・・・一体、あの方はどこに行かれてしまったのだろうか。』
呟きと共に思い浮かべるのは、かつての上司。
恐ろしく強く、暗闇を知りながらも朗らかだった。
あの方が脱ぎ捨てる羽織を受け取るのが、私の役目だった。
その白さが、私の心を惹きつけて止まなかった。


だが、人を一人殺すたびに、その白さからは離れていく。
だが、人を殺さなければ、あの白さには届かない。
そんな矛盾の中で、ずるずると死神を続けている。
あの方と同じ白を纏う誰かを、ずっと探しているのだった。


『・・・それにしても、あの方は大きくなられた。』
瞼を閉じて、今日見た白を思い出す。
かつての上司が可愛がっていた少年は、今や隊長で。
その姿を見たのは彼が少年の時に、一度だけ。
白をその名に持つあの少年は、白を背負うに相応しい青年へと成長していた。


朽木家当主。
六番隊隊長。
彼には白が似合う。
紅に染まっている私など、今の彼は寄せ付けないだろう。


そこまで考えて、内心自嘲する。
どうやら昔の上官を思い出して、感傷的になっているらしい。
かつての上官と同じものを背負う彼を羨んでどうするのか。
今や天と地ほどの距離がある相手だ。
手を伸ばすのも躊躇われるほどに、遠い。


それに、血に染まる私を見たのだ。
彼から近寄ることもあるまい。
そもそも私のことなど覚えていまい。
覚えている必要もない。


『血染めの姫、か・・・。』
誰がいつそう呼び始めたのか知らないが、私の仕事を見た死神たちは、私をそう呼ぶ。
もちろん、それが私であることは、知られていない。
ただ、先ほどのように後始末に来た死神と顔を合わせる際に、女であることが知られて、姫、と呼び名が付いているのだ。


『皮肉なことだ。実際、私は姫なのだから。』
呟きを落として、目を瞑る。
任務を熟すたびに思い浮かぶのは、かつての上官の悪戯な瞳で。
彼女が姿を消して数十年が経った今でも、私の心の均衡を保たせているのは、彼女との時間だった。



2017.04.01
Aに続きます


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