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■ each otherD

『・・・けほ。』
小さな咳が大きな部屋に響く。
季節の変わり目で気候が安定しないせいか、それとも邸に籠りっぱなしで免疫力が落ちているのか解らないが、ここ数日、喉の調子が悪かった。
白哉様との関係は相変わらずで、京楽様と浮竹様に外に連れ出された日から数か月が経っている。


『広い部屋は、寒いのね・・・。』
小さく呟いて窓の外を眺める。


どんよりとした空模様。
秋の青天とは程遠い、寂しさすら感じる空。
なんだか空しくなって、寒さを紛らわせようと膝を抱えて小さくなる。
それでも、寒さ・・・いや、寂しさは心を冷やす。
その冷たさが身に沁みて、温もりが欲しいと思った。


「・・・ま。・・・さま。・・・咲夜様。」
そのまま眠っていたらしい。
自分の名を呼ぶ声が聞こえて瞼を開ければ、清家さんがこちらを覗き込んでいた。
『清家、さん・・・?』


「咲夜様。このような場所でお眠りになられては、お体に障ります。」
窘めるように言われて、ゆっくりと起きあがる。
『・・・ご免なさい。』
掠れた声は弱々しい。


「お眠りになるのならば、布団をご用意いたしますが・・・。」
『いえ。少し、眠ってしまっただけですから。』
言いながら窓の外を眺めると、どうやら日が落ち始めているらしい。
靄で覆われたような暗さが辺りに立ち込め始めている。


『まるで私の心の中ね・・・。』
「え?」
内心で呟いたつもりが、声に出ていたらしい。
首を傾げた清家さんに苦笑を漏らす。


『何でもありません。・・・何か、ご用があるのでしょう?』
微笑を見せれば、清家さんは少し距離を取ってから姿勢を正した。
「・・・明日、漣家の当主様がこちらに来られます。」
『お父様が?』


「はい。咲夜様とお話がしたいとのことですが・・・如何いたしましょうか?」
こちらを窺うような瞳には、小さく私への心配が映っている。
・・・痺れを切らしたのね。
いつまで経っても祝言の日取りが決まらないから。
白哉様との関係を、聞きに来るのだわ。


『・・・・・・白哉様との関係は良好である。ただ、白哉様は多忙な身。・・・三年、いや、五年がいいわ。・・・五年先までご予定が詰まっておられるので、祝言の日取りを決めるのはまだ先になりそうとのこと。』
これでいいかしら、と清家さんを見つめれば、少し申し訳なさそうに頷きを返される。


「そのようにご説明をお願いできますでしょうか。朽木家としては、白哉様と咲夜様のご婚姻は望ましいものにございます。また、白哉様もそのご意向がある様子。お二人の時間を用意することもできていない状況で、このようなお願いをするのは誠に心苦しいのですが。」


『構いません。朽木家との婚約が解消されてしまえば、私の居場所はなくなってしまいますから。』
「・・・申し訳ございません。こちらから申し込んだ婚約であるにも関わらず、辛いお役目を引き受けて頂かねばならないとは。」


『清家さんがそのようなお顔をすることはありません。お父様と白哉様の利害が一致して、私はそれに頷いた。選んだのは、私です。』
「ですが・・・それ以外の選択肢を与えなかったのは、私どもにございます。」
『優しいのね。でも、逃がしてはくれないのでしょう?』
外に視線を移しながら問えば、清家さんは小さく息を呑んだようだった。


『・・・別にいいんです。私はそのように育てられましたから。それに、白哉様は悪い方ではない。ルキアとお揃いの文鎮を買ってくださったもの。ルキアがとても喜んでいました。清家さんから、そのことをお伝えしていただけますか?』
努めて明るく言いながら、清家さんを見る。
思案顔でこちらを見つめていて、首を傾げた。


「・・・それは、咲夜様が直接お伝えになるべきかと。」
『直接?でも、白哉様はお忙しいわ。そんな時間があるのですか?』
「そうですね・・・文を渡すというのは、如何でしょうか?」
『文?考えたことがありませんでした・・・。』


「文ならば、時間が空いた時に目を通されるはずです。・・・お書きになって頂けますか?」
どこか期待を込めてこちらを見つめてくる清家さんに、書いて欲しいのだ、と思う。
断る理由もなかった。
暇を持て余して、退屈しているのだから。


『少し、時間を貰っても?』
「はい。」
『白哉様に、渡して下さる?』
「お任せを。」


『それじゃあ、少し待っていてください。すぐに書きます。』
文机に向き直って、便箋を取り出す。
筆を持って書き始めれば、以外にも、筆が進んだ。


季節のあいさつ、文鎮のお礼、ルキアが喜んでいたこと、朽木家の使用人には良くしてもらっていること、庭の菊が花開いていること。
書き終えるころには、先ほど一人でいたときに感じていた寒さが少し和らいでいた。


『・・・これでいいわ。』
誤字脱字がないことを確認して満足げに言えば、清家さんが笑った気配がする。
『清家さん?』
彼を見れば、その瞳が柔らかくなっていることが解った。


『どうかしたのですか?』
首を傾げると、彼はゆるゆると首を横に振る。
「いえ。何でもございません。そのお手紙、お預かりしてもよろしいでしょうか?」
『えぇ。・・・はい、どうぞ。』
封筒に入れて差し出せば、清家さんは大切そうにそれを受け取った。


「必ずお渡しします故。」
『よろしくお願いします。』
「では、私はこれで失礼いたします。明日の件、よろしくお願いいたします。」
『はい。お任せ下さい。』


たん、と襖が閉められて、再び部屋に一人になる。
相変わらず広い部屋は寒かったけれど、寂しさは小さくなっていて。
あぁ、ルキアにも書けばよかった、と後悔する。
次、清家さんと顔を合わせたら頼もう。
そう考えて、再び筆を執る。
ルキアに伝えたい話が次から次へと出てきて、長い文になってしまうのだった。



2016.10.25
またもや白哉さんが不在ですね・・・。
Eに続きます。


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