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■ each otherA

『・・・今日も、ルキアは来ないのかしら。』
ルキアと呼ぶようになってから数か月が経った。
その間、何度か二人でお喋りする時間はあったのだが、二人の時間が合うことも少なく。
もっとも、白哉様とのお時間なんか全くないのだけれど。


それはそれとして。
元々が上流貴族の生まれだからか、立ち居振る舞いについては清家から合格点をもらったが、やることがなくなってしまい暇を持て余しているのだった。
婚約しているだけで、未だ祝言の日取りも決まってはいない。
本当に夫婦になるつもりがあるのか疑わしいほどに、何の準備も進められていないのだ。


『・・・やっぱり、暇ね。暇は退屈だわ。』
朽木家の蔵書もあらかた読んでしまった。
まだ婚約者というだけなので、朽木家の客人の前に姿を見せることもさせては貰えない。
漣家にいた頃も、外出する機会は少なくて、友人も皆他の貴族に嫁ぎ、顔を合わせることもない。
私への客人も居ない。
ただただ、退屈な日々。


「・・・そんなに暇なら、僕らとデートしてみない?」
突然聞こえてきた声に振り向けば、がっしりとした体躯の男が二人。
癖のある黒髪を緩く結んだ男が、ひらりと手を振った。
もう一人の白い髪の男は、その様子に苦笑を漏らしている。
大きな体をしているのに、全く気配を感じることが出来なかった。


『あの、どちら様でしょう・・・?』
ここは朽木邸の中でも奥まった場所だ。
こんな場所まで入って来られる相手は限られるが、客人の相手すら出来ない身では、その相手の顔すら見ることはない。
遠目にちらりと見かけることもあったが、その時に見た顔とは違っていた。


「こらこら、京楽。突然それはないだろう。」
「あはは。自己紹介がまだだったね。僕は京楽春水。以後お見知りおきを。」
「俺は浮竹十四郎という。」
聞き覚えのある名前に、慌てて指を付いて一礼した。


『お初にお目にかかります、京楽様。浮竹様。漣咲夜と申します。隊長とは存じ上げず、ご無礼を・・・。』
「いやいや、いいんだよ、そんなこと。漣家の深窓の姫君ならば、僕らの顔を知らないのも当然だ。」
「頭を上げてくれ。突然来た俺たちも悪い。」


『ですが・・・。』
「構わんさ。俺も京楽も、堅苦しいのは性に合わない。」
「そうそう。それに、せっかくの非番くらい、適当がいいよねぇ。」
「お前はいつも適当だろう。」
「そうだっけ?」
惚けた顔をする京楽に、浮竹はため息を吐く。


「全く、お前ってやつは・・・。まぁいい。それで、暇なら俺たちと出かけないか?」
『え?でも・・・。』
「ここの家の堅苦しい家令には許可を貰っているよ。僕らが付き添いってことで、護衛も居ない。たまには外に出て羽を伸ばすのもいいと思ったんだけれど。」
魅力的すぎるお誘いに、自分でも瞳が輝いたのが解る。


「非番が重なって、二人で飯でも食べに行こうということになったんだがな。」
「ただねぇ・・・。男二人で行くのも寂しいじゃない。だから、誰か居ないかなぁ、って。そうしたら、朽木邸が見えて、そう言えば朽木隊長の婚約者が居るという話になってね。」


「それで清家さんに聞いてみたら暇を持て余しているようだと聞いた。どうだ?行くか?お前が見たいというのなら、簪屋でも着物屋でも付き合うぞ?」
『・・・はい!』
大きく頷けば、二人は穏やかに微笑んだ。


『まぁ、同じものがたくさん!』
昼餉を済ませて、大通りを歩いていると、同じ簪が何本も並んでいる。
『同じものをいくつもつくることが出来るなんて、凄いわ!それなのに、どうしてこんなに安いのかしら?』
首を傾げると、京楽様が小さく笑う。


「同じものを作る方が、値段が安くなるんだよ。」
『どうしてですか?』
「たくさん作るということは、たくさん材料を仕入れるということだ。もし、咲夜ちゃんが、材料を売る側だとしたら、たくさん材料を買ってくれる相手に何をするかな?」


『そうね・・・またたくさん買ってもらえるように、おまけをつけるかもしれないわ。材料を多めにあげるとか、もしくは、値段を安くする・・・。』
そこまで呟いて、あることに気が付く。
『なるほど。そうすると、一つ当たりの簪の値段が安くなるわ!』
私の言葉に、京楽様は大きく頷く。


「そういうことさ。貴族でなくても買える値段になれば、多くの人が簪を使っておしゃれが出来るようになるんだよ。」
「そうだな。それに、うちの隊の若い子たちは、仲の良い友人と同じものを買って、お揃いにしていたりする。一点物の簪ではなかなかそれは出来ない。」


『お揃い・・・。その発想はありませんでしたわ。他の姫と同じようなものにならないように気を使うことはありましたけれど。』
貴族の姫らしい言葉に、浮竹と京楽は苦笑を漏らす。
「まぁ、貴族だとそうだな。」


「でも、お揃いっていうのも、楽しいでしょ?」
『えぇ。とても素敵ですわ。』
「朽木とお揃いにしてみるか?」
『ルキアと?』


「そりゃあいいねぇ。」
「あぁ、でも、朽木の髪の長さだと、簪は難しいか・・・?」
「確かに。むしろ浮竹の方が必要だよね。」
「・・・俺も簪を付けてお前とお揃いにしろと?」
「・・・・・・いや、そんなつもりじゃ・・・うん。やめようか。」
「だな。」


そんな二人の会話を半分聞き流しながら、咲夜はあたりを見回す。
あるものが目に留まって、そちらの方へ足を進める。
手に取ってみると、重さがあって、文鎮であるらしい。
丸みを帯びた白い体。
円らな赤い瞳。
白兎型の文鎮であった。


「・・・それが欲しいのか。」
横から聞こえてきた声に、体が固まる。
この声は・・・。
ゆっくりとその声のする方を向けば、白い羽織を羽織った婚約相手の姿。


『びゃ、くやさま・・・。何故、ここに・・・。』
「任務の帰りだ。浮竹たちと出掛けているのではなかったのか。何故一人なのだ。」
その言葉にはっとして、あたりを見回す。
二人の姿は近くにないようだった。


『は、はぐれてしまった、ようです・・・。』
呟けば、ため息が聞こえてきて、思わず俯く。
手の中にある白兎が、酷く重く感じた。
呆れられて、当然だ。
外に出るのが嬉しくて、周りが見えていなかったのだから。


「・・・それで、それが欲しいのか。」
『へ・・・?』
予想外の言葉に顔を上げれば、白哉様は呆れているようでも、怒っているようでもなかった。
相変わらずの無表情ではあるのだけれど、それだけは解った。


『その、これは、ルキアと、お揃いにしようかと・・・。』
「そうか。・・・これを二つ貰おう。」
すぐに店主がやって来て、あっという間に会計を済ませると、手の中の白兎が掬い取られて、これまたあっという間に包まれていく。
ぽかんとその様子を見つめていると、少し離れたところから先ほどまで一緒だった二人の声が聞こえてきた。


「いたいた。突然いなくなるなよ・・・って、白哉じゃないか。」
「あら。本当だ。」
目を丸くした二人に、白哉様は鋭い視線を向ける。
「・・・自ら護衛を引き受けたなら、任務を全うしろ。私は仕事に戻る。」
そう言い捨てて、くるりと踵を返す。
そのまま人ごみに紛れるように、居なくなってしまうのだった。



2016.10.25
感情の温度は低い咲夜さんですが、好奇心は旺盛です。
基本的に淡々としていますが、楽しいことは楽しいし、退屈なことは退屈。
白哉さんは、未だ距離を図りかねている感じです。
Bに続きます。


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