Short
■ each other@

『お初にお目にかかります。漣咲夜と申します。本日より、朽木家に住まわせて頂くことになりました。未熟な身ではありますが、朽木家当主の妻となるべく精進して参る所存にございます。よろしくお願い致します。』
深々と頭を下げてから、目の前の男の顔を見る。


・・・この方が、私の将来の夫。
嫁ぎ先としては申し分ない相手。
誰もが一度は夢に見るであろう、朽木家当主。
美しい人・・・。
しかし、その美しい造形は彫刻のようだ。


「朽木白哉だ。此度の婚約の申し出を受けて下さったこと、感謝する。」
抑揚のない声。
冷たい表情。
無機質な瞳。
それらは、この婚約がただの政略結婚であって、朽木家の血を繋ぐためだけのものであるということを表していた。


・・・もともと愛だの恋だのは期待していない。
目の前の男の最愛の妻が亡くなって一年。
未だその妻を想っているらしいというのは、有名な話である。
しかし、兄弟すら居ない朽木家当主には跡継ぎが必要で。


子を成すための道具。
朽木家当主の妻。
そんなレッテルの貼られた人形になって、私の一生はこの家に縛り付けられるのだ。


・・・上流貴族の姫として生まれついてしまったのだから、仕方がない。
愛されることも、愛することも、ましてや相思相愛だなどと、夢のまた夢だ。
良い家に嫁ぐこと。
それが私の役目だと、父も母も幼い頃から私に言い聞かせた。


霊力が高ければ死神になることもできただろうが、生憎私はその力を持ち合わせてはいない。
その他のことも、飛びぬけて秀でているものはない。
学問も芸事も「漣家の姫」としては申し分ない程度に熟すことはできる。


だが、それだけだ。
それでも朽木家当主の婚約者に選んで貰うことが出来たのだから、幸運だと思わねば。
家を飛び出して、一人で生きていく勇気もない。
働いたこともない小娘に優しい世界ではないのだ。


愛しい人と結ばれる、などといった優しい夢は、見れば見るほど虚しくなるだけ。
だからこの婚約を受け入れると聞かされた時、反抗をすることもしなかった。
それでも、出来ることならばこの目の前の男と上手くやっていきたいが、この様子では難しそうだと期待はしないことにした。


そんな初対面から数ヶ月。
私と白哉様との関係は、名前の呼び方が朽木様から白哉様に変わったくらいで。
当然のことながら、進展はない。
当主に隊長にと忙しい彼との時間もほぼない。
顔を合わせるのも、時々邸に帰ってくる白哉様の朝の見送りをする時くらいだ。


変わったことといえば、朽木家の名に恥じない振る舞いを日々叩き込まれているために、私自身忙しくなったこと。
それから、ルキアという少女が彼の妹として朽木家に迎えられたこと。
その少女が酷く彼の前妻に似ていることに、己の存在理由を改めて悟ったのは記憶に新しい。


「・・・あ・・・咲夜様・・・。」
そんなことを考えながらぼんやりと廊下を歩いていると、目の前に件の妹の姿。
居心地が悪そうに廊下の端に立つ姿は、自信なさげで、どこか私に怯えているようだ。


『こんにちは、ルキア様。・・・今日は非番なのかしら?』
彼女が纏っているのは普通の着物で、死神のそれではない。
「は、はい。」
緊張した様子の彼女が初々しいというか、可愛らしいというかで、微かな笑みが零れる。


『そんなに硬くなる必要はないわ。私はただの居候みたいなものだもの。』
「居候だなどと仰らないでください。白哉兄様の婚約者だと伺っております。それも、上流貴族、漣家の姫君だとか。」
生真面目に答える彼女の瞳は真っ直ぐにこちらを向いていて、これ程他人と目を合わせたのは久しぶりだということに気付いた。
そういえば、白哉様と目が合ったのは最初の挨拶の時だけだ。


『・・・そんなこと、あの方にとっては、些細なことでしかないのよ。』
「え?」
つい漏れてしまった本音に苦笑する。
『ふふ。何でもないわ。この後のご予定はあるのかしら?』
「・・・特には。」
どことなく気まずそうな返答に首を傾げる。
そのまま見つめれば、気まずそうに口が開かれた。


「え、と・・・その、実は、まだ、邸の中で迷ってしまうので、覚えようかと・・・。」
恥ずかしげに目を逸らされて、ぽかんとする。
それから笑いが込み上げてきて、笑い声が漏れる。
「咲夜様・・・?」


『ごめんなさいね。ルキア様ったらやっぱり可愛いわ。』
「え・・・?」
『ふふ。そういうことなら、私が案内しましょう。朽木邸は広いもの。私も最初のうちは迷ったものよ。』
「で、ですが、咲夜様にもご予定があるのでは・・・?」


『今日のお稽古は先生の都合でお休みなの。急に時間が出来て、困っていたのよ。・・・そうねぇ、最初に私の部屋を覚えて欲しいわ。余り邸の外に出ることがないから、時々話し相手をしてくださると助かるのだけれど。』
どうかしら、と悪戯に目で問えば、彼女は目を丸くしながらも頷く。
「はい。私でよろしいのならば。」
『よかった。それじゃ、行きましょうか。』


「・・・それで、鳥に気を取られている一瞬の間に、副隊長に一本取られてしまったのです。」
私の部屋でルキア様の話を聞く。
始めは緊張した様子だったが、今はもう、その緊張は解けているようだった。
朽木家の養子云々を抜きにすれば、死神の仕事は彼女の性に合っているらしい。
話す姿はどことなく楽しげだ。


『一瞬の間に?副隊長って、凄いのね。』
「はい。それはもう。私など一太刀で吹き飛ばされてしまいます。」
『それじゃあ、隊長はもっとすごいのね?』
「そうですね・・・私も隊長が戦う姿を拝見したことはまだないのですが、卍解が出来ることを考えると、副隊長の五倍から十倍のお力があるはずです。」


『まぁ、そんなにお強いのね。一度でいいから、戦う姿を見てみたいものだわ。』
「私もです。といっても、まだまだ新人故、いつになるかはわかりませぬが。浮竹隊長は隊長たちの中でも隊長歴が長い方なので。」
『聞いたことがあるわ。えっと、確か、八番隊の京楽隊長と同期で、霊術院を卒業した方々の中で初めて隊長になったのよね?』


「よくご存知ですね。あのお二人は、霊術院時代からも優秀な方々であったようです。霊術院に入学するとまず最初に総隊長のお名前と、浮竹隊長、京楽隊長のお名前を聞きますから。」
『そうなのね。そんな方の下で働けるなんて、幸せね。』
「はい。一隊士の私にも、とても良くしてくださいます。」
そう言って笑った顔が、彼の前妻、緋真様によく似ている。


白哉様は、こういう方を好まれるのね。
私も、こんな風に笑う練習をしておいた方がいいかしら。
でも駄目ね。
作り物の笑みならばいくらでも出来るけれど、心からの笑みなど、真似できるわけないもの。


そんなことを考えていると、電子音が鳴り響く。
ルキア様が慌てた様子で懐から取り出したのは、伝令神機。
出るように促せば、彼女はすぐに通話ボタンを押す。
焦ったような声が漏れてきて、呼び出しの電話であることが解る。


「・・・はい。解りました。すぐに向かいます。」
電話を切ると、ひたと視線を向けられる。
先ほどの微笑からは一転、真剣な表情である。
その凛とした表情に、死神の彼女はこんな顔もするのかと、内心で呟いた。


「咲夜様。申し訳ありませんが・・・。」
『いいわ。お仕事なのでしょう?すぐに行きなさい。』
「ありがとうございます。」
『また、時間のある時に、お話してくださる?』


「もちろんです!・・・それから、出来ることならば、私のことはルキア、と。様をつけられるのは、慣れないもので・・・。」
『ふふ。そう。ならそう呼ぶわ。・・・行ってらっしゃい。気を付けてね、ルキア。』
「はい!行って参ります!」
笑みを残して去っていく彼女が、眩しかった。



2016.10.25
貴族の姫として育てられたせいか、どこか感情の温度が低い咲夜さん。
白哉さんよりは年下で、ルキアよりは年上なイメージです。
Aに続きます。


[ prev / next ]
top
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -