Short
■ 守るべきもの

「第六班、第七班は左に展開!第九班は俺に続け!」
「十班、十二班は三班の援護に回れ!十三班は怪我人の保護に向かえ!!」
「皆、気を抜くな!!まだ半分以上残っているぞ!」


虚が大量発生している。
虚の調査に向かわせていた隊士からそんな応援要請を受けてその地に降り立てば、曇り空の下、慌ただしい声があちらこちらから聞こえてくる。
席官の指示に答える声の大きさから、多くの隊士たちがまだ戦える状況であることが伺えた。


「漣。着いてきているな?」
『はい。なんとか。』
軽く息を切らせながら、後ろの彼女は答える。
彼女の瞬歩に合わせたつもりだったが、少々速すぎたらしい。
それでも遅れずに着いてきた彼女は、漣咲夜。
治癒能力を持つ彼女は、四番隊に出向させて経験を積ませたこともある六番隊の隊士で、戦闘能力は低いが四番隊との連絡係として重宝している白哉の直属の部下である。


「救護班の到着は?」
『あと五分ほどかかるかと。』
「そうか。ならばそれまでに片付ける。お前は怪我人の治療に当たれ。この数だ。背後には気を付けろ。行け。」
『はい。』


背後の気配が遠ざかったことを確認して刀を抜くと、私に気付いた隊士たちから歓声が上がる。
士気が上がったのか、次々と虚が昇華され、虚の数は半減。
千本桜を一振りすれば、残りも全て消えていった。


虚の気配がないことを確認して刀を収めれば救護班が到着したようだ。
怪我人を連れた隊士たちが、救護班の方へ集まっていく。
隊士が治療されていく姿を横目に見ながら、虚発生時の報告を受ける。
どうやら虚同士の縄張り争いがあったらしかった。


『朽木隊長。無事、怪我人の搬送が終了致しました。重傷な者もおりますが、皆、命に別状はないそうです。』
「そうか。」
『それで、朽木隊長にお怪我がないか確かめるように言われているのですが・・・。』
伺うように見上げられるのは、いつものこと。


「怪我などない。」
『その、確認させて頂いても・・・?卯ノ花隊長が任務の後にはよく確認するように、と。』
卯ノ花隊長に念を押されているのだろう。
いつものことなのだが、私も大概信用がない、と内心苦笑する。
「好きにしろ。」
『では、確認させて頂きます。』


始めに見るのは左手で、次に右手。
それから死覇装を確認される。
破れたり、切れたりすることなく綺麗であることを見て取ると、私の周りをぐるりと一周して、最後に瞳を覗き込まれる。
見つめ返せばほっとしたような微笑みを向けられた。


『問題ありませんね。卯ノ花隊長にもそのように報告させて頂きます。』
彼女の言葉に頷いて、集まって来ていた隊士たちに視線を向ける。
「救護班と共に先に帰っていろ。」
静かに言えば、隊士たちは一礼して去っていった。


「漣。」
『はい?』
「怪我はないか?」
その問いに彼女は目を丸くして、くすくすと笑いだす。
『はい。傷一つありません。』
笑いながらそう言った彼女を見れば、不自然な点が一つ。
やはり瞬歩が速すぎたのだ、と反省した。


「・・・足が震えているようだが?」
彼女の足にチラリと視線を向けて再び彼女の瞳を見れば、すいと視線を逸らされる。
『そんなことはありませんよ。あ、隊長!晴れて来ましたよ!』
空を見上げた彼女に釣られて視線を空に移せば、雲間から太陽が顔を覗かせていた。


『綺麗・・・。』
そう呟いた彼女の横顔は普通の、平凡な女の横顔で。
・・・この平凡さが心地よいと思ってしまうあたり、重症だ。
彼女の隣に居ると、呼吸が楽になる。
隊長も、当主も、息が詰まることの方が多く、一人になりたいとよく思う。


だが、彼女の隣は例外で、互いに沈黙している時間すら、気詰まりがない。
美しいものには美しいと言い、美味いものには美味いと言う。
悲しければ泣き、怖ければ震える。
先程のように疲れを隠されるのは気に入らないが、仕事中だから、ということにして納得しておくことにしよう。


そんな彼女は平凡以外の何者でもないのだが、どちらかといえば非凡な世界で生きている白哉にとって、その平凡さはある種の救いだ。
この平凡な女が、平凡な幸せを手に入れることが出来るようにすること。
それが隊長であり、朽木家当主である白哉の役目であり、願いである。


『朽木隊長!』
こちらを見上げた彼女は、弾けるような笑みを浮かべている。
「何だ?」
『帰りましょうか!』
「そうだな。」


穏やかな風が先を歩く彼女の髪を揺らす。
先程の戦闘などまるでなかったかのような平穏な風景。
その真ん中には、彼女。
それこそが、私の守るべきもの。



2016.09.28
隊士を先に帰らせたのは、咲夜さんを気遣ってのこと。
二人の関係は恋人でも恋人未満でも白哉さんの片想いでも何でもいいと思います。
ご自由にご想像ください。


[ prev / next ]
top
×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -