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■ 主導権を握るのは

『・・・あら、珍しい顔。』
隊主会を終えて一番隊舎を歩いていると懐かしい人に遭遇した。
「咲夜先輩。お久しぶりです。」
『ふふ。もう敬語なんて必要ないわ。浮竹くんはもう隊長様なんだから。むしろ敬語を使うべきは私の方ね。・・・お久しぶりにございます、浮竹隊長。』
悪戯な瞳で言われて、苦笑を返す。


「やめてくださいよ・・・。」
『そういうと思った。でも、もう敬語なんかいらないと思っているのは本当よ。』
「それは・・・。」
『駄目?』


小首を傾げて見上げられては、否とは言えない。
ましてや目の前にいるのは霊術院からの憧れの先輩で、想い人。
そんな相手にこのように言われては、抗うことなど出来なかった。


「・・・わかり・・・わかった。」
『うん。それがいいわ!』
敬語を外せば、弾けるような笑みを向けられる。
少女のような笑みは、院生時代と何一つ変わらない。
その笑みを見るたびに、狡い人だ、と思う。


『ついでに名前も呼び捨てでいいわよ?』
「な、まえ、は・・・ちょっと。」
『あら、どうして?』
「呼び捨てにしていいのは、先輩の大切な人だけだろう。」
そう言えば、先輩は面食らったような顔をして、それから笑い声をあげた。


『あはは!浮竹君ってば、真面目ねぇ。あ、もしかして、大切な人が居るのかしら?そうだとしたら、その人に迷惑をかけてしまうわね。』
「いや、そんな相手は、居ないが・・・。」
『そうなの?それなら、私のこと、咲夜って呼んでくれない?私も浮竹君のことはこれから十四郎って呼ぶわ。』


「は・・・?いや、俺の話、聞いてました・・・?」
『敬語に戻っているわよ。』
「あ、いや、すまん。だが、それは大切な相手に・・・。」
『いいじゃない。私、十四郎のことが好きだもの。』
当然のように言われて、思考が追いつかない。
瞬きを繰り返していると、先輩は楽しげに笑った。


『気付かなかった?』
「いや、その、え・・・?」
『一応言っておくけれど、冗談なんかじゃないわよ。だから、良く考えておいてね。答えは次に会った時に聞くわ。それじゃ、またね。』
眩しい笑みを残して、先輩は去っていく。


・・・一体、何が起こっているんだ?
廊下に一人取り残されて、首を傾げる。
ジワジワと先輩の言葉を理解して、右手で口元を覆う。
・・・本当に狡い人だ。
十四郎、と呼んだ声が、頭の中で何度も再生されていた。


「次に会った時、か・・・。」
だが、それまで待つのでは、先輩の思惑通りになっているようで面白くないし、男としてそれはどうかと思う。
彼女の霊圧はまだ近い。
追いかければすぐにでも捕まえることが出来そうだった。


「・・・・・・京楽に嫌味を言われるんだろうなぁ。」
そんな呟きを残して、浮竹は床を蹴る。
すぐに捕まった咲夜は、顔を赤くしていて、浮竹は目を丸くした。
その隙に逃げ出そうとする彼女を捕まえてもう一度顔を覗きこめば、彼女の顔がさらに赤くなって、思わず笑う。


「好きだ、咲夜。」
耳元で囁くように想いを伝えれば、彼女の足から力が抜けて、ずるずると地面に座り込む。
『・・・狡い。何でこんなに早く来ちゃうの。』
赤い顔をしながら恨めし気に言われて、また笑ってしまった。


『・・・十四郎。』
不満気な声とともに裾を引っ張られて、笑い過ぎたかと目線を合わせれば、すぐに唇に柔らかい感触があって、動きを止める。
一瞬で離れたそれは、彼女の唇で。
唖然と彼女を見つめれば、得意げな顔をされた。


『簡単に主導権は握らせてあげないんだから。』
そう言った彼女の微笑が今まで見たどの微笑よりも綺麗で、やられた、と思う。
今日のところは彼女に軍配があるらしい。
だが、彼女が相手ならそれでもいいか、と思ってしまうのだった。



2016.09.23
じゃれるように主導権を取り合う二人。
咲夜さんはみんなの憧れ的な存在なので、浮竹さんはこの先京楽さんを始めとした同期たちにからかい半分の嫌味を言われ続けることでしょう。


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