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■ 心の裡 後編

『あら、意外と早かったわね。もっと遅いと思って先に飲み始めちゃったわ。』
いつもの場所・・・護廷隊の隊舎の端にある物見台の最上階(物見台と言っても緊急時に使われていることすら見たことはない)・・・に着くと、咲夜サンはすでに盃を手にしていた。


「咲夜サンをお待たせする訳にはいかへんやろ。めっちゃ急いだんやで。」
言いながら彼女の隣に腰を下ろす。
空を見上げれば三日月が浮かんでいる。
『まぁ、可愛い後輩だこと。』
「オレはいつでも可愛い後輩やんけ。」
『そうだったかしら。・・・突然居なくなったくせに。』
ぽつりと零された言葉は、悲しげな響きを含んでいた。


『平子くんが居なくなったと思ったら、藍染くんが隊長になってしまうし。そして副官はギンになった。平子くんが気を付けろと言った二人が直属の上司になったのよ?そして私はずっと監視されていた・・・。平子くんとは付き合いが長いから仕方ないけれど、この百年、本当に生きた心地がしなかったわ。』


「・・・一人にさして、悪かった。しんどかったやろ。せやけど、藍染を疑えなんて言ったところで、誰もが冗談やと思うねん。咲夜サンだけやってん、オレの言葉の裏にある本気に気付いてくれたんは。」
藍染のあの演技は総隊長も見抜けないほどに完璧だった。


『そうだとしても、死んだと聞いて、本当に落ち込んだのよ。死神を辞めようかと思ったわ。・・・藍染くんが除籍願いを受理してくれなかったから諦めたけどね。君が居ないと困る、だって。ギンなんか、咲夜さんが居てくれへんならボクも死神辞めよかな、なんて言ってくれちゃって。思わず、それはダメって叱っちゃったわよ。』
明るく言う咲夜の声は少し震えている。
真子はそれに気付かぬふりをして月を眺めた。


「冗談でもそこまで言ってくれるんやから、良い上司やんけ。」
『平子くんなんかより、ずっと隊長らしい藍染くんだったし、ギンは隊長になっても可愛かったわよ。でもね・・・。』
「なんや?」
視線を向けられた気がして咲夜サンに目を向ければ、ぴたりと目が合った。
どこか、苦しげな瞳。


『許せなかったのよ・・・。平子くんが居なくなって、その原因が彼らにあると思ったら、許せなかった。他人の心を自分の手の上で転がして弄ぶ藍染くんが許せなかった。たった一人しか大切に出来なくて、自分を大切にしないギンのことが、許せなかった。なにより、ただ平子くんの帰りを待つことしか出来ない自分が、許せなかった。雛森副隊長や吉良副隊長が彼らの歯車にされていくことをただ見ているしか出来なかった。あの時ばかりは、昇進の話を断っていた自分を呪ったわ。せめて私が副隊長だったのならば、彼らと対等に話をして、あれ程隊長に依存させたりはしなかった。』


そう語る彼女の瞳には孤独が映り込んでいる。
・・・ほんまに一人にさしてしもたんやな。
藍染の始解を見ていない咲夜は、誰が藍染の操り人形であるか探りながらこの百年を過ごしたのだ。
その苦悩を思うと易々と藍染の謀略に引っかかった自分が許せなかった。


「・・・オレのせいや。百年以上もそんな顔させとったんか、オレは。」
呟くように言えば、咲夜サンは首を横に振る。
『私はいいの。この百年、辛くなかったとは言わないけれど、平子くんが生きて帰って来ただけで充分。もう、会えないと思っていたから・・・。』


泣きそうな、微笑み。
・・・まだ、この人は、泣けてないんや。
藍染が投獄されたことにも、市丸が死んだことにも。
きっと、泣く暇もなかったんやろな・・・。
そう思って、咲夜サンの肩に手をまわしてそのまま引き寄せる。


『平子、くん・・・?』
「何も見てないことにしたるから、泣くなり怒るなりしたらええやん。あ、でも、殴ったりするのは勘弁してや。オレ、痛いのは趣味やないねん。」
言いながら背中を軽く叩けば、咲夜サンはゆっくりとオレの死覇装を掴む。
その体が小さく震えだした。


『・・・ど、うして、平子くん、しか、居ないのよ。わたし、は、あの二人のこと、嫌いじゃ、なかったのに・・・。ひらこくんに、冷たい突っ込みを入れる、藍染くんはとても頼りになったし、隊長になっても、毎年、お手製の干し柿を持って来てくれたギンは、本当に、可愛くて、いい子だったのよ・・・。』
嗚咽を漏らす咲夜の言葉に、真子は静かに耳を傾ける。


『何でよ。何で、居なくなっちゃうのよ!どうして、藍染くんも、ギンも、あんなに他人を信じないのよ!!あんなに、あんなに副隊長に慕われていたのに!私だって、尊敬していたのに!!何でよ!!何で・・・こんなことに、なってしまったのよ・・・。孤独、なんてものは、多かれ少なかれ、誰もが持っているものよ。あの子たちは、自分では、それに気付けなかった。だから、気付かせてあげたかった。孤独を持っているからこそ、誰かを信じて生きていくのだと。』


彼女の叫びが、痛かった。
・・・もしかすると、オレは選択を間違ったんやろか。
藍染をただ疑い、一定の距離を保って、彼奴に踏み込むことも、彼奴をこちらに踏み込ませることもせんかった。
本当は、彼奴らの孤独を、受け止めてやるべきだったんやろか・・・。


『・・・ねぇ、平子くん。あの二人は、とっても可哀想な子ね。信じられる相手が、あの子たちの前には現れなかったのね。それはとても不幸だわ。・・・私ね、頑張ったのよ。あの二人に信じてもらえるように。でも、駄目だった・・・。信じて貰えないというのは、悲しいことね・・・。あの二人も、そうだったのかもしれないわね・・・。きっと、私たちを含めた周りが、あの子たちをあそこまで追い詰めてしまったんだわ・・・。』


この人は、彼奴らを信じてたんや。
オレは疑り深い奴やから、彼奴らを信じることは出来んかった。
信じて欲しいとも、思わんかった。
彼奴らに対する怒りは消えることなく、いつもどこかで燻っている。
でも、この人は、信じて欲しかったんや。


「・・・叱ってやったら、良かったのかもしれんな。」
『え?』
「皆が、咲夜サンみたいに叱ってやったら良かったんやなぁ。そんなことにも気付かんと隊長やってたなんてアホやな、オレは。」
『・・・本当よ。平子くんの馬鹿。』


「すまん。せやから、隊長として、あんたを叱るで。・・・自分が信じたからって、相手が自分を信じると思ってんのが間違いや。生まれたときから他人を信じられん奴も居るんや。オレは、少なくとも藍染はそれだったと思うとる。三席として、それが解らんとは致命的やで。」


『随分と、辛辣ね・・・。』
「アホ。話は最後まで聞けや。・・・全部を信じることなんか出来るわけがないやろ。それなのに、全部に信じて欲しいなんて、傲慢や。でもな、だからこそ、信じ合ういうことは、大きな価値があるねん。あんたはそれが出来る奴で、彼奴らはそれが出来ない奴やってん。それだけや。たったそれだけやったんや。」


『・・・平子くんは?平子くんは、どっち?』
不安げに見上げてくる彼女を、真っ直ぐに見つめ返す。
「そんなん、決まってるやん。あんたと一緒や。オレはあんたを信じとる。あんたはオレを信じとる。だから今こうしてここに居ることが出来るんや。違うか?」


『・・・うん。そうね。そうだわ。平子くんは帰って来てくれたもの。』
「せやろ?そんなら、彼奴らばっか見てへんで、次の彼奴らを作らんようにせなあかんやろ。彼奴らを忘れろとは言わへんし、全部彼奴らが悪かったとも言わへん。だからって彼奴らばっか見てたら、オレ、拗ねてまうで?」
唇を尖らせれば、咲夜サンは小さく噴出した。


『ふふ。そうね。可愛い後輩がまた隊長になったんですもの。もっと喜ぶべきだったわね。』
「せや。何でオレが咲夜サン慰めなあかんねん。」
『ごめんなさい。謝るからそんなに拗ねないで。・・・お帰り。平子くん。貴方が帰って来てくれて、本当に嬉しいわ。これからもよろしくね、平子くん。』


やっと、いつもの咲夜サンや。
咲夜の微笑を見て、真子は安堵する。
この人は、五番隊に、そして、オレにとって必要な人や。
・・・せやからとりあえず、もうちょっとこのまま抱きしめとこ。


お前らなんかに、この人は渡さへんで。
内心で呟けば、記憶の中の藍染と市丸に呆れた顔をされる。
この世界、生き残ったもん勝ちや。
どうや、羨ましいやろ。
調子に乗って咲夜サンの髪に顔を埋めれば、するりと腕の中から居なくなって、セクハラ癖は治しなさい、と頬を抓られてしまうのだった。



2016.09.04
先輩と後輩。
平子さんはもちろん、藍染さんと市丸さんの二人も咲夜さんのことは嫌いではなかったのではないでしょうか。
無間に居る藍染さんがこの様子を見て毒吐いていたら面白い。


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