Short
■ 足りなかったものC

白哉は物陰から涙を流す咲夜を見つめていた。
ふらりと隊舎を出てから、当てもなく歩いていた白哉だったが、人影に気が付いてとっさに隠れたのだ。


月明かりに照らされた姿を窺い見ると、それは、ずっと頭から離れない想い人であった。
月に手を伸ばしながら涙を流す彼女の姿が、美しかった。


『・・・お慕い申し上げておりました、白哉様・・・。』
微かに聞こえてきたその言葉に白哉は自分の耳を疑う。
まさか。
そんなはずは・・・。


『貴方に触れたいなどとは申しません。ただ、白哉様を想うことだけは、お許しください・・・。』
今度ははっきりと聞こえてきて、白哉の体が勝手に動いた。


「・・・許さぬ。」
彼女は私の声にびくりと肩を揺らす。
そして、ゆっくりと私の方を向いた。
『びゃくや、さま・・・。』
力なく私の名を呼ぶ彼女の瞳から涙が零れ落ちる。
『・・・私の想いすら、許していただけないのですか・・・?』


「許さぬ。・・・私に触れたいのならば、触れたいと、申せ。」
『え・・・?』
目を丸くした彼女に一歩一歩近づいていく。
「何故、何も申さぬ。何故、私を見ない。何故、一度も笑わない。」
『それは・・・それは、白哉様も同じでございましょう?』
言われて白哉は足を止める。


『お返事をして頂くことも出来ず、名前を呼ばれたこともございません。私を見る目に表情はなく、何も、分からなかった・・・。』
確かに、そうだ。
私に彼女を責めることなど出来まい。
私は、彼女に拒絶されることを恐れて、何もしなかった。
『白哉様には、私など、必要ないのでしょう・・・?』


「そんなわけなかろう!」
彼女の言葉に鋭い声が出た。
その声に彼女はびくりと肩を揺らす。
そんな自分に内心舌打ちをして、それからひとつ息を吐いた。
「・・・私には、兄が必要だ。」
『嘘・・・。』
「嘘ではない。あの婚約は、私の意思だ。私が兄を欲した。」


『ではなぜ、私を見てはくださらないのですか・・・。』
「・・・済まぬ。」
『お返事をして頂くこともしては貰えなかった。』
責めるように言われて、言葉に詰まる。


「・・・私の声を聞くと兄の体が強張ることに気が付いたからだ。兄は、私が怖いのだと、思った。私の前では、いつも、体が強張っていたではないか。私が見たかったのは、兄の微笑みなのだ。私は、ただ、笑って、欲しかったのだ。」


『・・・それならそうと、最初から、おっしゃってくだされば、よかったのに。何の説明もなく婚約が成立して、私はどうすればいいのか解らなかった・・・。』
ぽつりと呟かれて、自分に足りなかったものに気が付く。


もっと早く、話すべきだったのだ。
あれこれ考えて、幻想に怯える前に。
「済まぬ。言葉が、足りなかった。」
『・・・いえ。私も、何も問わず、何も言わず、申し訳ありませんでした。』


「謝ることはない。悪いのは私の方だ。」
『違います。悪いのは私です。』
「いや、私だ。」
『いいえ。私です。』


そんな言い合いをしていると、彼女の瞳が真っ直ぐに向けられていることに気が付いて、その瞳の美しさに吸い込まれそうで、自然と彼女に手が伸びる。
『白哉、様・・・?』


「・・・咲夜。愛している。先ほどの言葉が真であるのならば、私の妻となってはくれぬだろうか。」
目を丸くした彼女の瞳から、大粒の涙が零れ落ちた。
『・・・はい。私も、白哉様を愛しております。』
涙を零しながら柔らかな微笑を向けられる。


「そうか。」
言いながら彼女を抱き寄せる。
彼女は一瞬驚いて身を固まらせたが、すぐに力を抜いて私の胸にすり寄ってくる。
それが愛しかった。
ようやく、彼女の微笑を見ることが出来た。


『・・・ふふ。言葉にすれば、こんなにも、簡単だったのですね。』
「そうだな。」
腕の中からくすくすと笑い声が聞こえてきて、白哉も小さく笑う。


『これからは、たくさん、お話いたしましょうね。』
「あぁ。」
『白哉様のお話を、たくさん、伺いとうございます。』
「私も、咲夜の話が聞きたい。」
『えぇ。お話しいたします。』


足りなかったものは、言葉。
言葉を交わせば、世界は変わる。



2016.03.10
言葉にするのが一番難しい。
短編なのに長くてすみません。


[ prev / next ]
top
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -