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■ HEROB

『・・・・・・三番隊においで、だもんなぁ。』
あの時のことを思い出して、咲夜は小さく笑う。
「どうしたの?」
呟きが聞こえたのか、吉良君は首を傾げた。
『吉良君は、凄いね。びっくりして涙も止まっちゃった。』
笑いながら言えば、吉良君は私の呟きの意味を理解したようだった。


「あの時、僕としては、もう少し泣いて貰ってもよかったけれど。」
吉良君の呟きに、今度は私が首を傾げる。
そんな私をちらりと見てから、吉良君は悪戯に笑った。
「君の泣き顔なんて、珍しいから。可愛かったよ。」
その表情と言葉に、顔が赤くなるのが解る。


『からかわないで・・・。あの時のことは、忘れてよ・・・。冷静じゃ、なかったの・・・。』
書類で顔を隠しながら言えば、吉良君は吹き出す。
『わ、笑わなくたっていいでしょ!』
私の言葉に吉良君は笑い声を抑えるが、その体が小さく震えていることに唇を尖らせる。


「・・・いや、ごめん。つい。」
くつくつと笑いながら、吉良君はそんな謝罪をする。
『・・・心がこもってない。』
拗ねたように言えば、吉良君はさらに体を震わせる。


「ふふ。いや、本当に、悪いと思っている。笑ってごめん。・・・でも、君が泣いたことは忘れないよ。」
言葉の意味を図りかねて吉良君を見ると、目が合ってにこりと微笑まれる。
首を傾げていると、すっと手が伸びてきて、私の手から書類を全部攫っていった。


「何故忘れないか、なんて、答えは簡単さ。君が涙を流したのが、僕の腕の中だったからだよ。」
『え・・・?』
「好きな子が自分の腕の中で泣いたという事実を、忘れるはずがないだろう?元々あの時君のところに行ったのは、心配が第一だけれど、下心もあってのことだし。・・・それじゃあね、漣君。副官室の中に入ってきてもいいけれど、どうする?」


いつのまにか副官室の前に着いていたらしい。
吉良君は鍵を開けて扉を開く。
『え、あの・・・。え・・・?』
彼の言葉に目を瞬かせていると、小さくため息を吐かれる。


「・・・まぁ、急がなくてもいいよ。でも次は、君が僕のところにおいで。どういう答えであれ、君自身が答えを伝えに来るように。どんな答えでも、君のヒーローとやらは誰にも譲る気はないから、覚悟しておくことだよ。僕以外の誰かの前で泣くなんて、許さないからね。」
そういって扉の向こうに消えていった吉良君の背中を、茫然と見送る。


一体、今、何を言われたのだろう・・・?
答えを伝える?
何の答え・・・?
それに、好きな子って・・・。
・・・・・・吉良君が、私を、好きということ?


『・・・・・・え、嘘・・・・・・。』
思い当たった答えに、思わず顔を両手で覆う。
じわじわと顔が赤くなるのが解る。
というより、体全部が熱い。
血液が沸騰しているのではないかと思うほどに。
思わずその場にしゃがみこんで、頭を壁に凭れかける。


「え?漣九席?どうかなさいましたか・・・?」
いつの間にか隊士がやって来たらしい。
おどおどしながらも、声を掛けられた。
しかし、一杯一杯で、答える余裕はない。


・・・とんだヒーローだ。
あんなに平然と私の心を揺さぶるなんて。
彼が強くなったのは、体だけではないらしい。
どこか冷静な部分が、そう判断する。


『・・・き、吉良君の、馬鹿・・・。』
「え?」
『吉良君の馬鹿ー!!!覚えていなさい!!』
そんな叫びをあげて、飛ぶように去って行った咲夜に、隊士は首を傾げる。
それを副官室の中で聞いていたイヅルは、笑いをかみ殺しながら、彼女が自分からやって来るのを待つことにしたのだった。



2016.08.18
へたれじゃない吉良君。
きっと色々と確信犯。


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